製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
江島清(えしま・きよし)東京工業大大学院理工学研究科修士課程修了後、1976年に大鵬薬品工業に入社。研究開発に従事し、取締役として開発センター長や徳島研究センター長を歴任。2010年12月、Delta-Fly Pharmaを創業。同年から徳島大産学連携推進部の客員教授も務めている。 |
「患者に受け入れられやすい薬を」
――有効成分など医薬品を構成する要素を一つ一つのモジュールとしてとらえ、それらをアセンブルして新たな薬剤を生み出す「モジュール創薬」という独自の手法で新薬開発に取り組んでいます。
われわれのパイプラインはすべて抗がん剤です。モジュール創薬によって、開発期間を短縮し、コストを抑え、できるだけ早くがん患者さんに治療薬を届けることを使命としています。抗がん剤は高額で副作用も強い。副作用が少なく、安価な「患者に優しい」抗がん剤の開発を目指しています。
私は以前、大鵬薬品工業で研究開発の責任者を務めていましたが、同社でも既存薬を活用した新薬の開発を行っています。「薬事的には新薬だけど、科学的には完全に新規のメカニズムではない」というものですね。実際、そうした薬剤の中には大きな市場を獲得しているものもあって、多くの患者さんが恩恵を受けています。
既存の薬剤や化合物でも、投与量や投与期間を変えたり、ドラッグ・デリバリー・システムなどの製剤工夫を施したりすることで、より患者さんに受け入れられやすい新薬ができる。そう考え、「モジュール創薬」という言葉でそれを世界に発信しています。開発コストも抑えられるので、この手法ならバイオベンチャーでも十分、開発できると考えました。
――リーマン・ショック後の2010年に起業しました。
状況としては最悪でしたね。大鵬薬品の取締役を途中で退任して事業を始めましたが、資金調達のためにベンチャーキャピタルを訪ねると、社長から「この時期に会社立ち上げるなんて、よほど先のことを考えられる人間か、まったくのアホかのどちらかだ」と言われました。当時はそれくらいバイオベンチャーを立ち上げる人が少なかった。だからこそ、逆に捨てる思いで投資してもらえた面もあったのかもしれません。
――開発品目について教えてください。
最も開発が進んでいるのが、新規のデオキシシチジン誘導体「DFP-10917」です。ほかの治療薬が効かない急性骨髄性白血病の患者さんを対象に、臨床第3相(P3)試験を米国で進めています。22年度までの承認取得が目標です。
末期の患者さんは体調が弱っているので、毒性が強いと副作用で治療に耐えられない。DFP-10917は、ベースとなる薬剤の投与量を少なくするかわりに、長時間持続的に点滴する投与方法を採用しています。そうすることで、効果を保ちながら患者へのダメージを軽減できると期待しています。
米国は特に新型コロナウイルス感染症の影響が大きいので、治験実施施設を倍ぐらいに増やして症例登録の速度を上げています。さらに、末期の患者さんでも効果がある程度期待できるのであれば組み入れることにしました。DFP-10917は副作用が少ないので、末期の患者さんがQOLの良い状態で1年でも2年でも長く生きられることに貢献できればと思っています。
さらに、DFP-10917をポリエチレングリコールに結合させることでADC(抗体薬物複合体)のような機能を持たせたのが「DFP-14927」です。DFP-10917は14日間連続で持続的に投与する必要がありますが、こちらは1週間に1回の投与で済みます。
中国での開発にも力
――これら2剤に続くパイプラインには、どのようなものがありますか。
DFP-11207は、5-FU 系抗がん剤の血小板減少毒性を抑えた化合物で、P2試験を準備中です。米国で、もしくは米国と中国で開発を進めるつもりです。胃がんや膵がんを対象に考えています。
米国で試験を先行させているのは、この先の開発を考えても米国での治験データを持ち帰ったほうが早いから。中国を考えているのは、対象患者が多いからです。
――「DFP-14323」も中国での展開を考えていますね。
DFP-14323は、日本化薬が急性非リンパ性白血病の適応で承認を取ったウベニメクスがベースで、デルタフライでは肺がんを対象に日本で開発を行っています。
末期の肺がん患者さんの中には、骨や脳に転移する人が30~40%いますが、これまで骨転移や脳転移に優れた効果を示す薬剤はありませんでした。DFP-14323は生体膜の透過性に優れたアミノ酸様の低分子化合物で、血管脳関門も通過できる。P2試験では6割以上の奏効率が見込めると分かってきたので、P3試験の準備を進めています。
ウベニメクスは免疫調節作用を持つ薬剤です。「オプジーボ」が出てくるまで、がん免疫療法は「薬にならない」と思われていたため、ウベニメクスも日本ではほとんど売り上げをあげられませんでした。一方、中国ではウベニメクスの後発医薬品が販売されていて、安価で効果が見込めるということで350億円くらい売れている。肺がんの患者も多いので、P3試験では日本だけでなく中国も対象にしようと考えています。日中で良いデータが得られれば、グローバル展開も視野に入ってくるでしょう。
――安全性はもちろん、経済の面からも「患者に優しい」というコンセプトを貫いています。
はい。それを象徴している1つの開発品が、アルカリ化製剤であるDFP-17729です。酸性尿などの治療薬として古くから販売している薬剤ですが、これを抗がん剤に応用しようと考えています。動物実験で効果が示唆されたので、日本ケミファとともに日本で膵臓がんを対象にP1試験の準備を進めています。年内には患者登録を始めたいと思っています。
「22年度には十分な成果得られる」
――アルカリ化製剤ががんに効くかもしれないというのは、どういった作用なのでしょうか。
がん細胞は外部から糖分などをエネルギーとして取り込み増殖します。このとき、老廃物を排出しますが、それがたまると細胞外の「がん微小環境」が酸性になる。そうなると、がん細胞もそこにいられなくなるので、転移してしまいます。
がん微小環境をアルカリ化すれば、転移を抑制することができるかもしれない。がんは転移さえしなければ、放射線療法や手術で治療することができます。DFP-17729は既存の抗がん剤との併用で考えていますが、既存薬の投与量を低く抑えることができ、安全性も高まると期待しています。
――DFP-17729の承認取得目標はいつごろでしょうか。
2024年度です。もともと安全性が高い薬剤なので、P1試験は少人数で行い、クリアできればそのままP2試験に入れる。通常の薬剤と比べると、半分以下の期間で開発できると思います。
――そうすると、22年度以降、複数の候補品が発売されることになりますね。
もし1~2年間隔での発売を続けていくことができれば、経営の規模も大きく発展する可能性があります。実現できれば、大手製薬会社でもなかなかないスピード感ではないでしょうか。
DFP-10917は国内では日本新薬と提携していますが、世界展開できれば年間500億円規模の市場が期待できる。海外展開では、臨床試験の結果が判明する前後のタイミングで、影響力のある会社と提携したいと考えています。
――将来的には自社販売も考えているのでしょうか。
3~4品目が成功すれば自社での製造販売も考えられないわけではありませんが、当面の間はライセンスアウトの収益モデルを考えています。それでも、2022年度には十分な成果が出てくるのではないかと思っています。
デルタフライは成功確率の高い品目をそろえています。順調に承認を取得できれば、ビジネスの構図も順番に変えていきたい。自社販売もそうですし、買収による事業拡大も頭の中にはあります。
(聞き手・亀田真由)
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート