富士フイルム富山化学の抗ウイルス薬「アビガン」。10月16日、日本で新型コロナウイルス感染症治療薬として申請した(ロイター)
新型コロナウイルス感染症への取り組みで、富士フイルムホールディングスが製薬企業としての存在感を高めています。抗ウイルス薬「アビガン」は臨床試験に成功し、10月16日に日本で承認申請。注力するCDMO事業では、海外メーカーから治療薬やワクチンの製造を受託しています。
「アビガン」申請
「ついに」「ようやく」――。そんな感想が飛び交いました。
富士フイルムグループの富士フイルム富山化学は10月16日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として早くから候補に挙がっていた「アビガン」(一般名・ファビピラビル)を厚生労働省に承認申請しました。田村憲久厚生労働相は同日の記者会見で「緊急事態なのでなるべく早くということは認識している」としつつ「有効性、安全性が確認できないと承認できないので、しっかりと精査させていただく」と話しました。
アビガンは、富士フイルム富山化学が開発した抗インフルエンザウイルス薬で、2014年3月に「新型・再興型インフルエンザウイルス感染症」を対象に日本で承認。ウイルスのRNAの複製に必要な酵素「RNAポリメラーゼ」の働きを阻害することでウイルスの増殖を防ぐメカニズムを持ち、インフルエンザウイルスと同じRNAウイルスである新型コロナウイルスにも効果があるのではないかと期待されていました。
症状軽快・ウイルス陰性化までの時間を短縮
富士フイルム富山化学は今年3月、非重篤な肺炎を有するCOVID-19患者を対象とした国内臨床第3相(P3)試験を開始。4~5月の緊急事態宣言による患者数の減少で被験者の確保は難航しましたが、156人分の症例をそろえて9月下旬に治験が成功したと発表。主要評価項目の「症状の軽快かつウイルスの陰性化までの時間」は、プラセボ投与群に比べて2.8日短く(アビガン群11.9日、プラセボ群14.7日、p値=0.0136)、安全性上の新たな懸念も認められなかったといいます。
企業治験に先行して結果が公表された医師主導治験(藤田医科大などが実施)では、アビガンを投与したほうがウイルスが消失しやすく、解熱に至りやすい傾向が見られたものの、統計学的な有意差を得ることはできませんでした。それだけに、製薬業界関係者からは「よくこれだけきれいに有意差を出せたものだ」との感想も聞かれます。
海外展開へ
富士フイルム富山化学は、日本政府からの要請を受け、臨床試験と並行してアビガンの増産を進めてきました。国家備蓄が完了したことで一旦終了していた生産を3月上旬に再開。政府はアビガンの備蓄量を今年4月時点の3倍にあたる200万人分まで増やす方針で、富士フイルム富山化学は国内外の複数の企業と協力して生産量を拡大させています。
国内での開発が一区切りしたことで、今後の焦点となるのが海外展開です。アビガンは多くの市場で物質特許が満了しており、すでに中国やロシアなどでは後発医薬品がCOVID-19治療薬として承認。日本で承認されれば、そのデータを使ってほかの国でも申請する道が開けてきます。
富士フイルム富山化学は4月から、米国でCOVID-19を対象としたアビガンのP2試験を実施中。7月には、インドの製薬大手ドクター・レディーズ・ラボラトリーズ、アラブ首長国連邦(UAE)の医療物資・医薬品供給会社グローバル・レスポンス・エイドとライセンス契約を結び、海外での開発・製造・販売の権利を付与しました。臨床試験登録サイト「ClinicalTrials.gov」には、COVID-19を対象としたアビガンの臨床試験が37件登録されており、ドクター・レディーズはクウェートでP3試験を進めています。
好調のCDMO ワクチン・抗体薬を製造受託
富士フイルムホールディングス(HD)は08年に富山化学工業を買収して医薬品事業に本格参入しました。11年には米メルクからバイオ医薬品CMO企業2社を買収し、バイオCDMO事業に進出。14年には米国のCMOケイロン・バイオセラピューティクスを買収し、19年には米バイオジェンから製造子会社を買収するなど、ヘルスケア事業の柱の1つとして製造受託のビジネスを拡大させています。
そのCDMO事業では、子会社フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ(FDB)が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などが主導するCOVID-19治療推進プロジェクト「COVID-19 セラピューティクス・アクセラレーター」の製造パートナーに選定。同プロジェクトが開発を支援している米イーライリリーの抗体医薬の原薬製造を受託し、来年4月から同社のデンマーク拠点で製造を開始する予定です。
さらにFDBの米国拠点では、米ノババックスが開発しているCOVID-19ワクチンの原薬製造を受託。英国拠点でも、英国政府が調達する同社ワクチンの原薬製造を受託します。FDBの米国拠点には、米政府が展開する「ワープ・スピード作戦」の一環として製造設備拡張などに270億円の補助が出ており、ワープ・スピード作戦が支援するほかのワクチンの製造も担う予定です。
ヘルスケア1兆円へ
富士フイルムのヘルスケア事業は21年3月期に売上高5350億円を見込んでおり、20年代半ばにはこれを1兆円規模まで引き上げる計画。好調なバイオCDMO事業では、21年度としていた売上高1000億円の目標を1年前倒しで達成する見込みですが、ヘルスケア事業で1兆円という目標を達成するには医薬品事業のさらなる成長が欠かせません。
CDMO事業ではさらなる生産能力の拡大に取り組んでおり、今年6月にはデンマーク拠点に1000億円の設備投資を行うと発表しました。先端分野である遺伝子治療薬にも力を入れており、14年から米国拠点で行っている遺伝子治療薬のプロセス開発・製造受託ビジネスを、来年からは欧州でも展開する予定。25年度にはバイオCDMO事業で2000億円以上の売り上げを目指すとしています。
一方、新薬開発では、アルツハイマー型認知症治療薬「T-817MA」(日米欧でP2試験)や抗がん剤を内包したリポソーム製剤「FF-10832」「FF-10850」(いずれも米国でP1試験)などがパイプラインにあるものの、全体的に小粒です。
医薬品事業では18年、大正製薬HDが保有していた旧富山化学の全株式を取得して完全子会社化するとともに、後発品事業を手掛けていた富士フイルムファーマを19年に解散し、新薬開発に集中する体制を整えました。和光純薬工業(17年、買収額1547億円)や日立製作所の画像診断関連事業(完了時期未定、買収額1790億円)など、大型のM&Aによって拡大する富士フイルムHDのヘルスケア事業。医薬品事業でも今後、動きがあるのか、注目されます。
(前田雄樹)
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート