コロナ禍で見直しの機運が高まる医療用医薬品のサプライチェーン。抗菌薬セファゾリンナトリウムの供給停止を機に立ち上げられた厚生労働省の有識者会議が、医療上欠かすことのできない医薬品について、安定供給確保に向けた対策を取りまとめました。医療現場から安定確保の要望があった551品目を、疾患の重篤性や代替薬の有無によって分類し、カテゴリごとに必要な対策を講じる方針です。
INDEX
「安定供給は安全保障そのもの」
医療現場で広く使われている重要な医薬品の安定供給に向けた方策を検討してきた厚生労働省の有識者会議(医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議)は9月28日、今年3月の初会合からこれまでの議論の取りまとめを公表しました。
取りまとめでは、「医療用医薬品を継続して安定して利用できることは、健全な医療の根幹をなすべきものであり、安全保障そのもの」と指摘。安定確保に特に配慮が必要な医薬品を、対象疾患の重篤性や代替薬の有無などによっていくつかのカテゴリに分類し、▽供給不安を予防するための取り組み▽供給不安の兆候をいち早くつかみ、早期対応につなげるための取り組み▽実際に供給分に陥った際の対応――の3段階で対策を講じる方向性を示しています。
有識者会議はもともと、2019年に起こった抗菌薬セファゾリンナトリウムの供給不安をきっかけに立ち上げられたものですが、その後も医薬品の安定供給をめぐる問題はたびたび起こっています。新型コロナウイルスのパンデミックでは、世界的な生産地であるインドや中国からの原薬供給が不足し、国内でも一部の後発医薬品企業が出荷調整を実施。GMP逸脱による自主回収も相次いでいます。
構造的な供給リスク
長年にわたって医療現場で広く使われている医薬品には、
▽採算性などの関係で、中国などの限られた企業に原料物質や原薬の製造が集中している
▽現地の環境規制によって生産コストが上昇している
▽品質基準への対応が遅れ、追加コストが発生している
▽複数の国に製造工程がまたがっている
――といった安定供給上の構造的なリスクが存在しています。
セファゾリンナトリウムも、6割の市場シェアを持っていた日医工の製品が、海外製造所でのトラブルで原薬が調達できなくなり、供給停止に陥りました。日医工の製品は一部規格で薬価が製造原価を下回っていたとされ、日本化学療法学会などは国内生産への支援や薬価の見直しなどを国に要望。今年4月の薬価改定では、セファゾリンナトリウムを含む一部の抗菌薬の薬価が引き上げられました。
安定確保 551品目提案
厚労省の有識者会議では、国内の学会から安定確保が求められる医薬品を募り、58学会から551品目(成分)が提案されました。提案が最も多かったのはステロイド薬プレドニゾロン(11学会が提案)で、抗凝固薬ヘパリンナトリウム(9学会)、同ワルファリンナトリウム(7学会)、がんなどの化学療法薬シクロホスファミド(同)と続きました。
有識者会議では今年度末をめどに、これら551品目の中から特に安定確保に配慮が求められる医薬品(安定確保医薬品)を選定。▽対象疾患が重篤であること▽代替薬・代替療法がないこと▽多くの患者が使用していること▽製造状況(製造の難しさ、製造量など)やサプライチェーンの状況など――といった観点でいくつかのカテゴリに分類し、それに応じて個別の対策を行うとしています。
国も踏み込んだ関与を
取りまとめでは、「医療用医薬品の安定確保の責務は、一義的には製造販売業者が追っている」としながらも「医療現場で重要な役割を担う医薬品については、国としてもより踏み込んだ関与が必要」と指摘。サプライチェーンの複数化や国内生産に対する国の支援については、予算措置も含めて検討すると明記したほか、国際的に厳しいとされる品質規格・基準の見直しについても言及しています。
政府は、新型コロナウイルス対策を盛り込んだ今年度の第1次補正予算では、海外依存度の高い原薬の国内製造や、生産拠点の多角化・分散化に対する補助金を計上。厚生労働省は来年度予算の概算要求でも、国内製造所の新設・設備更新や備蓄の積み増しに対する予算措置を求めています。
サプライチェーンがグローバル化し、感染症や災害のリスクも顕在化する中、安定供給の確保は企業の努力だけでは限界があります。強靭かつ柔軟なサプライチェーンの構築に向け、官民を挙げた取り組みが求められます。
(前田雄樹)