米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の収束が見えない中、世界の医薬品産業政策にもたらす5つの大きな変化を3回に分けて紹介します。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
▼新型コロナウイルス感染症が世界の医薬品産業政策にもたらす5つの変化 |
【5】医療への投資拡大と価格統制
各国政府は、その思想信条にかかわらず、パンデミックによる最悪の事態を回避しようと、保健医療システムに巨額の財源を振り向けている。初期の状況を見る限り、健康保健システムを持つ国々は、COVID-19による医療需要増大の嵐を比較的うまく切り抜けられそうだ。一方、患者の自己負担の割合が高い国や、政府による強力な担保がない国は、ケアと保障の十分な提供に苦労する可能性がある。
近年のユニバーサル・ヘルスケア・カバレッジ(国民皆保険制度)の取り組みによって、特に東南アジアなどでは、医療アクセスがかなり拡充している。しかし、そうした取り組みの成果が不十分な地域では、依然として医療ニーズが満たされていない現状がある。
例えば、地方分権はしばしばヘルスケアの地域格差を生み、過度にローカライズされた国では、COVID-19への対応や医薬品へのアクセスに地域間で不均衡が生じることが予想される。事態が長引くにつれ、困難は大きくなるばかりだ。ワクチン開発の緊急性が増し、それに伴って研究開発投資は増加の一途をたどっている。
治療法・ワクチン開発に対する公的投資の増加
パンデミックの発生直後から現在に至るまで、新たな医療投資の対象となっているのは、当然ながらCOVID-19ワクチンや治療法の研究開発だ。各国は公的資金を投じ、COVID-19ワクチンや治療法の開発を後押ししている。
▽英国では、医薬品・医療製品規制庁(MHRA)が、COVID-19に関連するワクチンの開発や治療薬/治療機器の臨床試験、その他ヘルスケア製品の供給管理に対するサポートと承認審査業務を優先的に行うと宣言した。英国政府はさらに、ワクチン開発の資金として2億1000万ポンド(約2億5500万ドル)を感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)に拠出することを約束した。
▽フランス保健省は今年3月、COVID-19パンデミックとの戦いのため、公募した11の研究プロジェクトに約980万ドルの緊急資金提供を承認し、あわせて、COVID-19関連研究に対する迅速評価プロセスも承認した。
▽カナダでも今年4月、国レベルの医薬研究戦略の一環として、10億カナダドル(約7億ドル)を超える予算を新型コロナウイルスに割り当てた。その前月には、関連する医学研究への支援に2億7500万カナダドル(約2億400万ドル)が投じられている。世界の趨勢を反映し、政府はこれらの取り組みでメーカーや大学などとのパートナーシップを強化している。
▽韓国では今年5月、韓国製薬バイオ協会が官民共同の画期的医薬品コンソーシアムの設立を発表した。目的は、ワクチンを含む医療テクノロジーの開発と市場投入の円滑化だ。コンソーシアムは、政府の研究開発支援策と共同調達システムを活用し、積極的な研究開発活動によって実用化までの機関を短縮することを目指している。
新たな財政支援による医療アクセスの拡充
ヘルスケアサービスへの需要が急増する中、世界の保健医療システムがCOVID-19対応で中心に据えているのが、医療アクセスの拡充に向けた取り組みだ。そうした政策から、将来的により多くの治療薬・治療法が広く普及した場合の支出の大きさを推測することができるかもしれない。
各国の対応には、おおむね▽COVID-19治療をカバーするため、健康保険給付のパッケージを拡張する▽救急や診断など、不可欠な医療サービスの自己負担を免除する――の2つの要素が含まれる。加えて、市民への健康介入や地域に合わせた次のようなソリューションも見られる。
▽英国は今年の予算に、COVID-19対策費として50億ポンド(約62億ドル)を計上した。このうち16億ポンド(約20億ドル)が、地方自治体向けのパンデミック対策補助金に割り当てられる。
▽オーストリアは、最大1500ユーロ(1661ドル)の医療扶助と診断検査の自己負担免除を含む保険基金パッケージを発表した。
▽COVID-19による医療システム崩壊の危機に直面しているインドでは、保険規制開発庁(IRDAI)が国内のすべての民間保険会社(29社)に対し、標準的な健康保険プランでCOVID-19患者の入院費をカバーするよう要請した。
重要な医療製品の価格設定をめぐる問題
世界的に経済状況が悪化し、ヘルスケアシステムへの負荷が増す中、コストの抑制が緊急の課題になりつつある。COVID-19の治療法を確実に普及させるため、医薬品・医療用品の価格統制に素早く動いた国もある。
現時点では主に、比較的安価な検査キット、個人防護具、消毒薬といった消耗品や、その他の関連製品が統制の対象となっている。一例を挙げると、スペインのCIPM(Inter-ministerial Commission on Prices of Medicines)は、サージカルマスクと含水アルコールジェル/溶液、皮膚消毒剤の小売価格の上限を定めた。この上限は、市場価格調査に基づいて見直されることもある。
今後、医薬品が新型コロナウイルスとの戦いに広く使われるようになるにつれ、国によってはさらなる価格統制の可能性もある。ポーランド政府も、COVID-19治療薬・医療機器へのアクセスを手頃な価格で提供するため、COVID-19特別法を根拠に最高販売価格を制限することがあると明言した。
より有効な治療が使えるようになったり、効果の裏付けとなる新たな臨床データが得られたりした場合、政府と業界は早急にそうした治療へアのクセスを広く提供するための努力をしなければならない。
薬剤の開発と普及をバランスよく進めようとする試みは、すでに医療技術評価(HTA)を通じて始まっている。中でも注目されるのが、新型コロナウイルスが世界の医薬品産業政策にもたらす5つの変化(2)で言及した米国ICER(Institute for Clinical and Economic Review)の取り組みだ。ICERは「原価回収法」といった新たな価格設定モデルを考案し、治療を手頃な価格で広く普及させるという緊急のニーズに対応しようとしている。しかし、医療経済学的に適切な限界価格や投入原価をめぐっては、考慮すべき多くの問題が残されており、それらは今後数カ月以内に解決しなければならない課題だ。
切迫したニーズに対応するための1つの指針となり得るのが、ギリアドが最近発表したレムデシビルに関するライセンス契約だ。この契約では、インドとパキスタンの後発医薬品メーカー5社がレムデシビルを製造し、低・中所得国に供給することが認められる。医療アクセスの重大な障壁に直面する比較的高所得の国に供給することも可能だ。
ライセンシーは自社のレムデシビルの価格を自由に決めることができ、WHO(世界保健機関)がパンデミックの終息を宣言するか、ほかのCOVID-19治療薬・ワクチンが承認されるまでの間、ロイヤリティフリーでライセンスが提供される。
ギリアドは今年6月、先進国向けのレムデシビルの価格を1バイアル390ドル、1治療あたり2340ドルとすることを発表した。米国の場合、民間保険会社に提示される価格はそれよりも高く、1バイアル520ドル、1治療あたり3120ドルとなっている。この価格設定にはさまざまな議論があるが、ICERは、死亡率抑制効果を含むいくつかの仮定が有効である限り、費用対効果の面から妥当だとコメントしている。
デジタル化の加速
パンデミック下でより安全な診療活動が求められるようになったことで、一躍脚光を浴びることになったのがデジタルヘルスだ。デジタルヘルスが担う役割は、この危機が去ったあとも一層大きくなるだろう。医療システムは世界的な需要増に直面し、多額の資金が必要になっている一方、経済的な制約も厳しくなっている。コストを抑制するため、医療提供の効率化が継続的に求められるようになると予想される。
それには、医療施設への課題な負担を軽減するとともに、農村部の医師不足や医療アクセスの問題を解消するといった対策が必要になるだろう。手段としては、遠隔医療のほか、接触者追跡、診断、観察・報告用のスマートフォンアプリ、感染の拡大を追跡・予測するAI(人工知能)の活用などが考えられる。これも、パンデミック時に急場しのぎに行った医療システムの再構築が恒久化するであろう分野の1つで、将来の医療サービスは一層、デジタルに依存していくはずだ。
遠隔医療は、医療提供の優先度評価や症例トリアージ、患者データの収集・保存・活用に有効なツールとして、すでに広く普及している。遠隔医療のハードルは一部の国や地域ですでに低くなっており、保険会社も公的保険の支払い者も、不要な診療や対面を減らす方法として利用のハードルを下げつつある。この傾向は特に、欧州や北米など技術的・物理的なキャパシティが備わった先進的な医療システムに共通している。
米国では、保険会社が長年遠隔医療に課していた制限を緩和した。制限はもともと、乱用や詐欺に対する懸念に基づくものだったが、感染への不安が保険会社を制限緩和の方向へと向かわせている。例えば、ヒューマナは遠隔医療の保険適用範囲と償還ルールを一時的に拡大することを可能にした。
ヒューマナのような保険会社はまた、遠隔医療による償還を受けられる医療提供者の範囲も拡大した。さらに、米国のメディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)は、デジタルで提供される80種類以上のサービスにまでカバレッジを拡大させている。
中国やインドの政府も、デジタルソリューションを通じたコロナウイルス対策の有効性向上を期待している。インド当局は、AIとビッグデータを駆使した「Aarogya Setu(健康への架け橋)」というアプリを活用している。インドでは、生体認証でリンクする既存の市民データベース「Aadhaar」もCOVID-19対策に活用されており、一元化された医療記録システムへのアクセスを容易にするのに役立っている。
中国では、デジタルを活用した革新的なB2C(企業・消費者間)の医療提供モデルが多くの消費者を取り込みつつあり、将来的に突出した存在になると予想される。中国には、「Ali Health」「WeDoctor」「JD Health」といった遠隔医療サービスがあり、トリアージや治療を目的としたCOVID-19専用オンラインクリニックを開設している。
遠隔医療の課題の1つは、システムを効果的に運用する技術的能力の確保にある。イタリアなどの国々は、パンデミックの渦中、デジタルヘルスソリューションへの需要の高まりに応えるため、辛い戦いを強いられてきた。それは主に、情報技術のサポートとハードウェアが足りないためで(帯域幅の問題もある)、貧しい地域ほど苦しい状況に置かれている。
もちろん、各国当局には、中国やインドの例にならい、既存の外部ベンダーやアプリとの連携を図る道もあるだろう。
ステークホルダーが考慮すべきこと
これまで見てきたようなさまざまな変化によって、製薬企業だけでなく、医療業界や一般の人々を含むステークホルダーは、次のようなことについて考慮しなければならない。
▽当局はCOVID-19関連の審査を優先しており、ほかの治療分野では薬剤へのアクセスが遅れる可能性があり、人々の健康全般に悪影響を及ぼすかもしれない。新たな治療法を試乗投入するという観点からも同様だ。進捗を監視し、不足に対応することが不可欠だ。
▽経済活動が制約される一方、医療コストが増大する中、医療資源のより効率的な配分が重視されるようになると予想される。これは、医療費の削減につながる可能性がある反面、デジタルヘルスの利用拡大や遠隔医療、薬剤師の機能強化、在宅ケアの拡大といったソリューションを促す可能性もある。
▽遠隔医療や電子的な処方のメリットは無視できない。ただ、過剰な利用に対する支払い者の懸念に対処するため、新たな監視方法と組み合わせて使われることになるかもしれない。
▽コスト抑制の努力が医薬品の価格設定と償還に向かうのは確実。革新的な契約とマネジメントエントリーの機会が増え、迅速かつ広範なアクセスにつながるだろう。
▽規制当局は、合理化された承認プロセスを拡大させ、効率化を図ることができるはずだ。近年、市場アクセスまでの時間が大幅に改善され、各国の規制当局はよりスピーディーな承認経路を導入している。これが有用であることが実証されれば、さらなる利用が期待されるが、承認前の試験データが不足しているため未知の有害事象が発生する懸念はある。
▽サプライチェーンの効率化は今後どうなるだろうか。パンデミックが世界的なサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしたことを考えると、さらなる監視の必要性に迫られるかもしれない。アフターコロナの状況がどうなるかは、最終的に、パンデミックの間に試行された取り組みの成否と、コスト圧力の両方に左右されることになる。
▽ただ、将来の公衆衛生上の脅威に対処するためには、研究開発のような分野への投資を維持する必要があるだろう。この点、患者、医療従事者、産業界のステークホルダーは、継続的なアドボカシー活動を行う上で重要な役割を担うことになる。
(原文公開日:2020年7月8日)
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。
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