新型コロナウイルス感染症は、医療用医薬品の価格交渉にも影を落としています。来年4月の薬価改定の前提となる薬価調査の実施は決まったものの、交渉は遅れ気味で、多くの医薬品卸が妥結率の低下や総価取引の増加を見込んでおり、調査結果の妥当性に懸念を示す声も少なくありません。医療機関・薬局の経営悪化で値引き圧力が強まり、薬価の引き下げ幅が大きくなる可能性もあり、調査結果には例年以上に注目が集まりそうです。
卸の7割「価格交渉期間を確保できない」
中央社会保険医療協議会(中医協)は7月22日、2021年4月に予定されている薬価改定の前提となる薬価調査の実施を了承しました。調査は今年9月の取引分が対象で、新型コロナウイルス感染症の影響を考慮し、例年より規模を縮小して実施。販売側への調査は約4400客体、購入側は▽病院約210客体▽診療所約260客体▽薬局約500客体――とし、前回調査(19年度)と比べると、販売側は3分の2、購入側は半分に、それぞれ対象を減らします。
来年4月に予定されている薬価改定は、2年に1回行われる通常の薬価改定の間の年に実施される初の「中間年改定」。16年12月、経済財政担当相、財務相、厚生労働相、官房長官の関係4閣僚が合意(いわゆる4大臣合意)し、導入が決まりました。4大臣合意では「市場実勢価格を適時に薬価に反映して国民負担を抑制するため、全品を対象に毎年薬価調査を行い、その結果に基づき薬価改定を行う」とされており、今年中に改定の対象品目など具体的な制度設計を行うことになっています。
ただ、今年はコロナ禍で例年の薬価改定・薬価調査とは大きく状況が異なります。医療機関は新型コロナウイルスへの対応に追われ、医薬品卸も営業活動を自粛。通常なら、▽4~5月に配送回数・予定数量など条件面の調整▽5~7月に見積書の提示▽8~9月に最終見積の提示・価格妥結――というスケジュールで進む価格交渉も遅れています。
日本医薬品卸売業連合会(卸連)が5月中旬に行った会員への緊急アンケートでは、約7割の卸が「9月取引分を対象に薬価調査を行う場合、価格交渉の期間を確保できない」と回答。配送に使う車両やコンテナの消毒など感染防止対策で卸のMSは「多忙を極めている」といい、卸連は「全く(薬価調査に対応する)余裕がない状況」としています。
薬価調査 結果の妥当性に懸念
薬価調査は、医療用医薬品の市場実勢価格を把握するために行うもので、結果は翌年の薬価改定の基礎資料となります。しかし、コロナ禍という異常事態の下で行われる今年の薬価調査には、結果の妥当性や信頼性をめぐって医療機関・薬局と医薬品卸の双方から懸念の声が上がっています。
卸連の緊急アンケートでは、半数を超える卸が、交渉期間が短期化することで、部分妥結(期間や品目を限定した部分的な妥結)や総価交渉・取引(品目ごとに納入価を決めるのではなく、「ひと山いくら」で取引価格を決める方法)が増えると見込んでいると答えました。
卸連は7月6日に発表した緊急声明で「適切な価格交渉ができない状況で薬価調査を行えば、医薬品の価値を踏まえた取引価格のデータが得られないなど、薬価調査の結果には疑問があると言わざるを得ない」と指摘。日本医師会も7月10日、「適切な市場実勢価格を把握するのは極めて困難。調査結果を公的なデータとして活用すれば、現場との齟齬が生じる懸念がある」との見解を発表しました。
新型コロナウイルスの影響で医療機関の経営は悪化しており、納入価が下振れする可能性を指摘する関係者も少なくありません。日本病院会など3つの病院団体が全国約1200の病院を対象に行った調査によると、今年4月の患者数は前年同月と比べて外来で19.7%、入院で10.4%減少。医業収入は全体で10.5%減り、赤字病院の割合も45.4%から66.7%に上昇しました。
医薬品卸関係者は「新型コロナで医療機関・薬局も経営が苦しくなっており、医薬品に対する値引きの圧力が強まっている」と明かします。市場実勢価格が下振れすれば、それに伴って薬価の引き下げ幅も大きくなるだけに、「調査結果への注目は例年以上」(製薬企業関係者)です。
政府が7月17日に閣議決定した「骨太の方針2020(経済財政運営と改革の基本方針)」は、21年度の中間年改定について「新型コロナウイルス感染症による影響も勘案して、十分に検討し、決定する」としており、実際に改定を行うかどうかの結論は今後の検討に委ねられました。薬価調査の結果は、12月の中医協に速報値として報告される予定。当面は、改定の実施が明確でない中、最大の焦点である対象品目(4大臣合意には「価格乖離の大きな品目」とだけ記載)などの議論が進むことになります。
(前田雄樹)