昨年、医療現場に深刻な影響をもたらしたセファゾリンの供給不安。厚生労働省が、抗菌薬をはじめとする医療用医薬品の安定供給を確保するための方策を話し合う関係者会議を立ち上げました。4月の薬価改定では一部の抗菌薬の薬価が引き上げられますが、感染症に関連する学会からは、国による供給リスクの評価や国内生産への支援を求める声が上がっています。
安定供給の構造的リスク
厚生労働省は3月27日、「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」の初会合を開き、抗菌薬をはじめとする医療用医薬品の安定供給を確保するための方策について検討を始めました。
抗菌薬をめぐっては昨年、感染症の治療や周術期の感染予防に広く使われるセファゾリンナトリウム(一般名)で、市場シェアの約6割を占める日医工の製品が約9カ月間にわたって供給を停止。イタリア企業から調達していた原薬への異物混入に、原薬の出発物質であるテトラゾール酢酸の供給を中国企業が停止したことが重なって製造ができなくなり、代替薬の供給も不足したことで医療現場に深刻な影響をもたらしました。
供給不安の背景は
厚労省の関係者会議は、この問題を1つの契機として設置されたものです。27日の初会合で厚労省は、抗菌薬など比較的安価な医療用医薬品が抱える構造的なリスクとして
▽採算性などとの関係で、世界的に見て中国などの数社に原料や原薬の製造が集中している
▽複数の国にサプライチェーンがまたがっている
▽環境規制などによって生産コストが上昇している一方、度重なる薬価引き下げで採算性が悪化している
――などを指摘。今後の議論のポイントには、
▽安定確保に特に配慮が必要な医薬品と、その優先順位付け
▽供給不安を予防するための取り組み
▽供給不安の兆候をいち早くつかみ、早期の対応につなげるための取り組み
▽供給不安に陥った際の対応
――を挙げました。
「海外の状況が命を左右」
「一部の企業に極端に依存する現在の生産体制では、急に供給が途絶えるリスクが大きく、海外の状況によって国内の患者の命が安易に左右される安全保障上の問題に陥っている」
セファゾリンの供給停止に危機感を抱いた感染症関連の4つの学会(日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会、日本環境感染学会)は昨年8月、抗菌薬の安定供給を確保するための提言を国に提出。「現在の日本の感染症診療は、1つの企業の1つの薬剤が供給停止となれば、その影響が予想以上に拡大する危うい状況に立たされている」と訴えました。
4学会が提言で求めたのは、(1)生産体制の把握と公表、(2)国内生産への支援、(3)薬価の見直し、の3点です。(1)では、国が抗菌薬の生産体制を把握して供給リスクを評価するとともに、製薬企業に原料の原産地の表示を義務付ける制度の必要性を指摘。(2)では、抗菌薬の製造許可の条件の見直しと、国内生産でも利益を生み出せる薬価の設定を、(3)では、特に重要な抗菌薬の薬価引き上げや、基礎的医薬品の薬価を維持するルールの見直しを要望しました。
重要な10の「キードラッグ」
4学会は提言とあわせ、安定供給が欠かせない10の抗菌薬を「キードラッグ」として提案。いずれも医療現場で広く使われている重要な抗菌薬ですが、度重なる改定で薬価が大きく下がっているものも少なくありません。4学会は「現在の薬価のままでは製薬企業の多くが海外製造に依存せざるを得ない状況に追い込まれており、販売そのものを中止する企業も出てきている」と指摘します。
セファゾリンなど薬価引き上げ
4月の薬価改定では、学会がキードラッグに選んだ10の抗菌薬のうち3つの薬価が引き上げられ、4つの薬価が維持されます(重複あり)。供給不安を起こしたセファゾリンには不採算品再算定が適用され、後発医薬品の1gバイアルの薬価は最も販売量の大きい価格帯で107円から180円に上昇。セフメタゾールやメロペネムの後発品も一部の規格で薬価が引き上げられ、ペニシリンGの先発医薬品とアンピシリンナトリウム/スルバクタムの後発品などは薬価が維持されました。
日医工はセファゾリンの安定供給のために、15億円を投じて静岡工場に新たな製造設備を導入。海外企業に委託していた製剤工程の一部を国内で行えるようにする考えで、出発物質や原薬製造ルートの複数化にも取り組んでいます。安定供給にはコストがかかる一方、薬剤耐性対策で適正使用が強化されており、「ビジネスとしては厳しく、コスト増につながる国内生産はハードルが高い」(業界関係者)のが実情です。
国内生産「早急に手を打たなければ手遅れ」
抗菌薬の原料の大半が海外で製造されている現状に、4学会は「有事の際に多くの種類の抗菌薬が一度に入手困難になる可能性がある」と危機感を示します。特にペニシリン系抗菌薬については「国内から発酵工場が撤退して20年以上たっており、国内の生産体制を再構築するとしても、早急に手を打たなければ技術的にも手遅れとなることが懸念される」と指摘。国内産の原料を使って国内で製造した抗菌薬に対しては、設備投資の費用も含めて採算割れを起こさない薬価とする仕組みの構築を求めています。
厚労省の調査によると、2018~19年度(1月末まで)に、出荷調整を行うなど供給不安や欠品に陥ったケースは計112件。後発品が62件と半数以上を占め、全体の4割は1日あたりの薬価が100円未満の安価な医薬品でした。
抗菌薬に限らず、医療に必須の医薬品の安定供給をどう確保していくのか。製薬企業だけに努力を求めても限界があり、国をはじめとする関係者の協力が欠かせません。新型コロナウイルスの感染拡大による医薬品供給への影響も懸念される中、関係者会議がどんな対策を打ち出すのか、注目されます。
(前田雄樹)