米バイオジェンとエーザイが、臨床第3相試験を中止したアルツハイマー病治療薬アデュカヌマブを、来年初頭に米国で申請すると発表しました。一体何があったのでしょうか。
2本のうち1本のP3試験で主要評価項目達成
米バイオジェンとエーザイは10月22日、今年3月に2本の臨床第3相(P3)試験を中止したアルツハイマー病治療薬の抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブについて、一転して2020年の初頭に米国で承認申請を行うと発表しました。申請の方針は米FDA(食品医薬品局)との協議に基づくものだといい、両社は欧州や日本など米国以外の国や地域でも規制当局と協議し、申請を行う予定だとしています。
そもそも3月にP3試験(EMERGE試験とENGAGE試験)を中止したのは、試験を続けても有効性を示す見込みがないと予測されたからです。両試験の独立データモニタリング委員会は、あらかじめ定められた無益性解析の結果から「主要評価項目が達成される可能性は低い」と判断。両社はこれを受け入れ、試験の中止を決めました。それがなぜ、一転して申請の方針へと動いたのでしょうか。
最終解析で高用量投与群が拡大
バイオジェンとエーザイの説明によると、無益性解析は2018年12月26日時点で18カ月の試験期間を終了した被験者1748人(EMERGE試験803人、ENGAGE試験945人)のデータをもとに実施。バイオジェンは試験中止後、追加で試験期間を終了した2066人を含む計3285人(EMERGE試験1638人、ENGAGE試験1647人)のデータを使って詳細な解析を行いました。
その結果、EMERGE試験では、アデュカヌマブ高用量投与群はプラセボ群に比べて臨床症状の悪化を統計学的に有意に抑制(臨床的認知症重症度判定尺度=CDR-SBによる評価で23%抑制)し、主要評価項目を達成。ENGAGE試験では主要評価項目を達成しませんでしたが、バイオジェンは「高用量投与群のデータはEMERGE試験の結果を裏付けるものだった」としています。
それではなぜ、無益性解析とは異なる結果になったのか。バイオジェンとエーザイは、データの追加によって高用量投与群の患者数が増えたことが主な要因とみています。2つのP3試験は期間中に2度、より多くの患者に高用量を投与できるようプロトコルの変更が行われました。ENGAGE試験より1カ月遅れてスタートしたEMERGE試験のほうがプロトコル変更の影響を強く受け、高用量投与群の比率が高まったことが、両試験の結果を分けたと言うのです。
FDAはトータリティを評価?
「試験中止のときも驚いたが、今回も非常に驚いた。死ぬんじゃないかという思いを2回した、忘れられないテーマになる」。エーザイの内藤晴夫代表執行役CEO(最高経営責任者)は10月30日の決算説明会で、主要評価項目を達成したとの知らせを受けた時の感想をこう述べました。
主要評価項目を達成する可能性が低いとして臨床試験を中止した新薬候補が、中止後の解析で有効性を示すのは前代未聞。しかも、アミロイドβ仮説に基づくアルツハイマー病治療薬の開発は、ロシュ(スイス)やファイザー(米国)、メルク(同)といった海外のメガファーマも相次いで失敗しています。
バイオジェンとエーザイも今年9月、BACE阻害薬エレンベセスタットの開発中止を発表したばかり。アミロイドβ仮説自体に疑問の声が上がる中、今回の発表に驚いたのは内藤CEOだけではないでしょう。
「1勝1敗」どう見るか
ただ、承認への道筋はまだ不透明です。「早期アルツハイマー病を対象とするP3試験に世界で初めて成功した」(内藤CEO)とはいえ、2本の試験うち1本に失敗したという事実は消えません。
「最近の中枢神経系領域に対するFDAの考え方を見ていると、トータリティ(全体性)を重んじているような気がする。今回の場合だと、EMERGE試験とENGAGE試験、そして(P1b試験の)PRIME試験で一貫したものが見える。そこを評価しようとしているのではないか」
決算説明会でアナリストから審査の見通しを問われると、内藤CEOはこんな私見を披露しました。“1勝1負”となったP3試験の結果をどう見るのか。米国承認に向けた大きな焦点となりそうで、今後申請を目指して当局と協議する日本や欧州などでも議論になるでしょう。
BAN2401とフランチャイズ構築
アルツハイマー病に対する新薬開発は難航していますが、バイオジェン-エーザイ連合をはじめ、国内外の複数の製薬会社がこの分野への挑戦を続けています。
バイオジェンとエーザイは、アデュカヌマブのほかにも、早期アルツハイマー病を対象に抗アミロイドβプロトフィブリル抗体「BAN2401」を開発中。FDAとの合意のもと、1本のP3試験で申請を予定しています。「アルツハイマー病は奥行きの深い疾患。1つの薬剤で全てを満たすことは考えにくい」(内藤CEO)ため、両社はこの2剤を中心に認知症フランチャイズを構築していく考えです。
日本イーライリリーは、抗アミロイドβ抗体ソラネズマブのP3試験を実施中。ソラネズマブはこれまでに2度、P3試験に失敗していますが、より早期の「プレクリニカル期」を対象とすることで成功を目指しています。ロシュ傘下の中外製薬は、開発を中止したクレネズマブとは別の抗アミロイドβ抗体ガンテネルマブのP3試験を進めているほか、タウを標的とした抗体「RG6100」も今年臨床入り。抗タウ抗体では、アッヴィの「ABBV-8E12」もP2試験の段階にあります。
中国 腸内細菌叢に基づく新薬が承認
海外では、中国の上海緑谷製薬(Shanghai Green Valley Pharmaceuticals)が11月2日、軽度から中等度のアルツハイマー病を対象にoligomannate (GV-971)を中国の規制当局が条件付きで承認したと発表。同社の発表によると、oligomannateは腸内細菌叢の代謝異常を調整することで抹消や中枢の炎症を抑え、アミロイドタンパク質の沈着とタウの過剰リン酸化を抑制し、認知機能を改善するとされています。同社は19年中に同薬を中国で発売する予定で、20年初頭には欧米とアジアでグローバルP3試験を開始する方針です。
国際アルツハイマー病協会によると、世界の認知症患者数は2050年に1億5200万人と18年の3倍に増える見通し。日本でも30年には800万人を超え、50年には1000万人に達すると政府が推計しています。
世界初の認知症治療薬「アリセプト」を発売して以来、根本治療薬の開発に挑み続けてきたエーザイは、アデュカヌマブの承認にこぎつけることができるのか。米国での申請と審査の行方が注目されます。
(前田雄樹)