近年、M&Aが活発化している製薬業界で、今年は特に大型の買収が相次いでいます。上半期の動向をまとめました。
ヒュミラ依存 収益基盤を多角化
米ブリストル・マイヤーズスクイブによる超大型買収のニュースで幕を開けた2019年の製薬業界。年の半ばに差し掛かっても勢いは衰えることなく、勢力図を塗り替えるような大型のM&Aが相次いでいます。
米アッヴィは6月25日、アイルランドのアラガンを630億ドル(1ドル=107円換算で約6兆7400億円)で買収すると発表しました。買収は2020年はじめに完了する見通し。両社の売上高を単純合算すると485億4000万ドル(約5兆1900億円)となり、世界4位の巨大製薬会社が誕生します。
中枢神経系領域の強化も
「イノベーションに注力し、パイプラインを前進させ続けることで、アッヴィのビジネスを多角化させることが可能になる」
アッヴィのリチャード・ゴンザレスCEO(最高経営責任者)は、買収の意義についてこうコメント。売上高の6割を抗TNFα抗体「ヒュミラ」に依存する収益構造の転換を図る方針です。ヒュミラは18年に199億ドル(約2兆1000億円)を販売した、今、世界で最も売れている医薬品ですが、23年には米国でバイオシミラーが発売される見通し。欧州ではすでにバイオシミラーとの激しい競争に直面しており、ヒュミラの特許切れへの対応が経営課題となっていました。
一方、アラガンは18年に36億ドル(約3800億円)を売り上げたシワ取り薬「ボトックス」が主力。美容医療や眼科領域に強く、アッヴィはこうした領域に進出することで収益基盤の多角化を図ります。買収によってヒュミラへの依存度は4割程度まで下がる見通し。アラガンはさらに、片頭痛治療薬の経口CGRP受容体拮抗薬ubrogepant(米国申請中)など中枢神経系領域のパイプラインも豊富で、アッヴィは中長期の成長基盤として同領域の拡大も狙います。
イーライリリーやファイザーも
もともとM&Aが活発だった製薬業界ですが、今年は特に大型の買収が目立ちます。1月3日には、米ブリストル・マイヤーズスクイブが740億円(約7兆9000億円)で米セルジーンを買収すると発表。同8日には460億ポンド(約6兆2000億円)を投じた武田薬品工業によるアイルランド・シャイアーの買収が完了し、2月には米イーライリリーが80億ドル(約8500億円)で米ロキソオンコロジーを買収しました。
年明けから大型買収が相次ぐ中で動向が注目されていた米ファイザーも、6月に米アレイバイオファーマを114億ドル(約1兆2000億円)で買収すると発表。もう少し規模の小さいものでは、2月に発表されたスイス・ロシュによる米スパーク・セラピューティクスの買収(43億ドル=約4600億円)などもありました。
目立つ「がん領域強化」
武田やアッヴィの例はさておき、近年のM&Aではがん領域の強化を狙ったものが目立ちます。免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」など複数のがん免疫療法薬を開発・販売しているブリストルは、セルジーン買収でCAR-T細胞療法を獲得。このCAR-Tももともとは、セルジーンが18年に90億ドルで米ジュノ・セラピューティクスを買収して手に入れたものです。
米IQVIAによると、18年の世界のがん治療薬市場は前年比16.2%増の1214億ドル(約13兆円)。今後も免疫療法を中心に高成長が続く見通しです。イーライリリーが買収したロキソは、ドライバー遺伝子に着目した臓器横断型のがん治療薬を開発している企業。ファイザーはアレイの買収で、BRAF阻害薬「ビラフトビ」やMEK阻害薬「メクトビ」をラインアップに加えます。
製薬業界の難しい状況を反映
新薬開発のハードルが上がる中、M&Aは製品ラインアップやパイプラインを充実させるうえで欠かせない戦略的オプションとなっています。ただ、買収で規模が大きくなったからといって、成長を牽引するような新薬を生み出せるとは限りません。結局のところ、研究開発力の向上につながらなければ、製品やパイプラインを獲得したところで一時しのぎにしかならず、成長のために買収を繰り返さざるを得ない状態に陥ってしまいます。
買収を重ねて巨大化したファイザーは、数年前に英アストラゼネカとアラガンに10兆円を超える規模の買収を仕掛け、それが失敗したあとも、16年の米メディベーション、今年のアレイと大型のM&Aを実行。アッヴィも14年にシャイアーの買収を試み、翌年に米ファーマサイクリックスを210億ドルで買収しました。米カイトを買収してCAR-T細胞療法を獲得した米ギリアド・サイエンシズも、C型肝炎治療薬の売り上げ減で業績が低迷する中、M&Aの意欲は高いとされています。
研究開発の能力と生産性を劇的に向上させる妙手はありません。M&Aに頼らざるを得ないのが現状で、相次ぐ大型買収は製薬業界の置かれた難しい状況を反映しているといえます。
(前田雄樹)