手術、化学療法、放射線療法に続く第4のがん治療として期待を集める「がん免疫療法」の研究開発で、中国が急速に台頭してきていることが特許庁の報告書で明らかになりました。中国は、がん免疫療法に関する特許出願件数と論文発表数で米国と欧州に次ぐ3位につけ、いずれも日本を大きく上回っています。
免疫チェックポイント阻害薬がリード
昨年、本庶佑・京都大特別教授のノーベル医学生理学賞受賞でも注目を集めた「がん免疫療法」。現在、この分野をリードするのは、本庶氏の研究成果がもととなっている免疫チェックポイント阻害薬です。現在、国内外で9つの薬剤が承認されており、小野薬品工業/米ブリストル・マイヤーズスクイブの抗PD-1抗体「オプジーボ」や米メルクの同「キイトルーダ」を中心に市場が急成長しています。
がん免疫療法には大きく分けて、▽免疫チェックポイント阻害療法▽免疫チェックポイント阻害薬以外の免疫抑制阻害療法▽養子免疫療法▽腫瘍溶解性ウイルス療法▽がんワクチン療法――がありますが、免疫チェックポイント阻害薬以外の治療法はまだ実用化例は多くありません。
承認されているのは、養子免疫療法ではCAR-T細胞療法「キムリア」(スイス・ノバルティス)や「イエスカルタ」(米ギリアド・サイエンシズ)、腫瘍溶解性ウイルスでは「イムリジック」(米アムジェン)などにとどまり、本格的な普及はこれから。がん免疫療法は今後、巨大市場を形成するとみられており、世界中で研究開発競争が激しくなっています。
中国 特許・論文とも米欧に次ぐ3位
日本発の研究成果が切り開いたとも言えるこの分野ですが、日本は研究開発競争で世界に大きく水をあけられているのが現状です。特に近年、中国が急激に頭角を現しており、特許の出願件数や論文の発表数で日本を上回る成果を出しています。
特許庁が5月に公表した2018年度の特許出願技術動向調査報告書によると、がん免疫療法に関する特許のファミリー出願件数(日米欧中韓国その他への出願)は2002~16年に8645件。出願人の国籍を見てみると、米国籍が3555件(41.1%)、欧州国籍が2213件(25.6%)を占め、中国が1247件(14.4%)で米欧に次ぐ3位となりました。日本は671件(7.8%)と中国の半分以下にとどまります。
がん免疫療法に関する特許の出願は02年から11年まではゆるやかな減少傾向にありましたが、12年に増加に転じ、13年以降は急増。米国と欧州、そして中国による出願数の増加が、全体の出願数を押し上げています。
出願数のシェアを技術区分ごとに見てみると、その技術でも米国がトップで欧州が2位。3位は、▽免疫チェックポイント阻害療法▽養子免疫療法▽腫瘍溶解性ウイルス療法▽がんワクチン療法▽併用療法――が中国で、日本は▽その他免疫抑制阻害療法▽免疫増強――の2区分のみでした。腫瘍溶解性ウイルスでは中国が21.1%と欧州と肩を並べており、がんワクチンでも2割近いシェア獲得。日本はがんワクチン療法で比較的高いシェアを確保していますが、それでも中国の半分ほどにとどまります。
論文発表の件数でも、中国は存在感を高めています。02~17年に発表されたがん免疫療法に関する論文1万8244件のうち、中国の企業や研究機関に所属している研究者(筆頭著者)の割合は13.7%(2497件)で、米国(35.6%、6491件)、欧州(28.3%、5160件)に次ぐ3位。日本は8.6%(1572件)と、ここでも中国に差をつけられています。中国研究者による論文は12年以降急増しており、17年には12年の約2倍の論文が発表されました。
中国の勢いは臨床開発にも現れています。例えば、免疫チェックポイント阻害薬を販売していない企業で免疫チェックポイント阻害薬の臨床第3相(P3)試験を行っている企業は世界に7社ありますが、このうち5社は中国企業です。
オンコセラピー「がんワクチン」3位、大日本住友「免疫増強」で9位
出願人別に出願件数をランキングしてみると、がん免疫療法全体では、米国保健福祉省がトップ。2位はバイオベンチャーの独イマティクス・バイオテクノロジーズ、3位はスイス・ノバルティス、4位はスイス・ロシュ、5位は英グラクソ・スミスクラインでした。日本勢は、20位にがんワクチンを開発するオンコセラピー・サイエンスがランクイン。一方、中国勢は、13位に中国人民解放軍軍事医学科学院、14位に中国科学院が入りました。
技術区分別に見てみると、その他免疫抑制阻害療法と養子免疫療法ではトップ10はすべて欧米の出願人。日本からは、TLR7アゴニストなどを開発している大日本住友製薬が免疫増強のカテゴリで9位に、オンコセラピー・サイエンスががんワクチン療法で3位に入りました。
アジア勢では、中国人民解放軍軍事医学科学院が腫瘍溶解性ウイルス療法で4位、がんワクチン療法で6位にランクイン。腫瘍溶解性ウイルス療法で9位に中国科学院と韓国のヨンセ大が入ったほか、免疫チェックポイント阻害療法でインドのドクターレディーズラボラトリーズが4位に入りました。同社は子会社アウリジーンでPD-L1を標的とする低分子医薬品の開発を進めています。
日本「競争力の低さに懸念」
報告書では、がん免疫療法の研究開発について「米国と欧州が優位で、日本は劣位な状況にある」と総括。「がん免疫療法における日本からの特許出願・論文発表は他国に比べて少ない状況にあり、研究開発における競争力の低さが懸念される」としています。
報告書では、がん免疫療法の今後の研究開発の方向性として
▽複合的免疫療法(併用療法)の開発
▽遺伝子改変T細胞(CAR-T細胞、TCR-T細胞)療法の開発
を推進することを提言しています。
がん免疫療法の研究開発トレンドはPD-1阻害薬を軸とする併用療法に移行しているものの、治療効果を大幅に上げる組み合わせはまだ見つかっていません。特にがんワクチンについては、特許出願件数・論文発表件数ともに比較的日本のシェアが高いことから、日本発の併用療法の開発が期待されると指摘。遺伝子改変T細胞療法も、市場としては成長段階で技術革新の余地があり、「わが国で推進してきたiPS細胞関連技術を含む細胞製造などの技術開発は、副作用や費用といった課題解決の糸口になりうる」としています。
今回の特許庁の調査では、日本は特許出願件数に対する論文発表件数の比率が高い傾向にあり、研究成果が十分に特許化されていない可能性も指摘されました。報告書では、大学・研究機関の知財部の充実や開発初期段階での産学連携などを通じ、技術競争力と産業競争力の強化を諮ることが重要との視点も示しています。
(前田雄樹)