米国に本社を置くDecision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回は特別編として、5月に来日した同社デジタルヘルス領域のアナリストJeff Wray氏のインタビューをお届けします。専門アナリストが注目するデジタルヘルス分野のトピックスとは。
(聞き手・前田雄樹)
――デジタルヘルスの動向をウオッチする上で注目しているポイントは。
デジタルヘルスについては、常に2つの観点から考えるようにしています。1つ目のポイントは、医師や患者がデジタル上でどういった行動をとっているのか、つまり、医療情報をデジタルでどう取得し、どうストックしているのか。2つ目は、デバイスやアプリといったデジタルツールを使うことで、健康上のアウトカムをどう出していくのかという点です。
――患者や医療従事者側のデジタルヘルスに対する許容度は変化していますか。
グローバル全体で見ても、患者や医療従事者のデジタルに対する許容度は高くなってきています。医療分野に限らず、デジタルで情報を取得するということは、すでに多くの人がやっていること。患者もそうだし、医療従事者にも同じことが言える。
特にここ数年、日本では顕著なトレンドが見られます。自分たちで情報を取れるがゆえ、患者が健康や医療に関わる決定をする際、医師から権限を移譲された形で積極的に意思決定を行い、それに対して発言権を持つようになってきています。
――デジタルに対するニーズという点ではどうでしょうか?
患者や医療従事者のデジタルに対するニーズも非常に高くなっています。情報という面でお話をすると、患者は医師により多くの情報を求め、そうした要望を受けた医師は製薬会社に情報を提供するよう求めます。ただ、MRが全ての情報を提供できるわけではないので、そのギャップを埋めるためにデジタルによる情報提供が広がっています。
――デジタル技術を使った治療や診断の開発も活発化していますが、どのようなトレンドがありますか。
治療と診断で進捗度合いは違います。まず治療で言うと、すでにイノベーションが生まれ、治療にもデジタルヘルスが活用され始めています。特に中枢神経系の疾患ではかなりの進展が見られています。
一方、診断ではAIの活用が期待されていますが、効果的なレベルの精度で使えるようになるには、あと数年かかると考えています。医師がAIをベースにして診断を行う世界がやってくるには、しばらくかかるのではないでしょうか。
――デジタルヘルスに対する製薬企業の動きをどう見ていますか。
デジタルヘルスの進捗は国によって違いますが、それは製薬企業がどう関わっているかによるところが大きいと考えています。欧米、特に米国の場合、製薬会社とテック企業、そして政府が一体となってデジタルヘルスを推進しています。協業の動きによって大きなインパクトが生まれています。
製薬会社としては、デジタルヘルスに参入しようとするならテック企業と手を組まざるを得ません。米国の場合、そこに政府が環境面での後押しをすることで、国全体としてデジタルヘルスを推進する流れができています。一方、政府と製薬企業、テック企業の協業があまり進んでいない国では、米国ほどのインパクトはまだ出てきていません。
――日本の場合はどうでしょうか。
残念ながら日本は後発グループの国の1つです。欧米と比べると後れを取っていると言わざるを得ません。日本の場合、政府や医療当局もそれほど積極的にデジタルの活用を推進していませんし、大手企業の動きも鈍い。欧米のようにうまく歯車が噛み合って前に進んでいるという状況ではありません。
加えて日本では、スタートアップが成長する土壌が十分ではありません。米国ではスタートアップに多くの資金が集まっており、大きく化けて成長するような会社もある。日本はそういう状況にないので、それも米国のように進まない理由だと思っています。
――日本企業は動きが鈍いとのことでしたが、治療用アプリを開発しているスタートアップもありますし、デジタルメディスンの承認を世界で初めて取得したのは大塚製薬でした。
大塚はいい例だと思います。大塚はプロテウスという会社と組んで、錠剤にチップを埋め込むことで服薬を記録する製剤を実用化しました。日本企業が全て遅れているというわけではなく、おっしゃる通りスタートアップでも進捗が見られるところもあります。
――デジタルヘルスの分野で注目しているトピックスは何でしょうか。
グローバルな観点で今、社会を劇的に変えようとしているのが、遠隔診療です。日本の場合は都市部に人口が集中しているのであまり当てはまらないかもしれませんが、世界を見てみると、中国、ブラジル、そして米国でも、近くに医師がいないという地域がかなりあります。そういったところでは、遠隔診療が人々の生活を大きく変えることになる。特に発展途上国にはこうした地域がたくさんあり、なかなか医療を受けられない人がたくさんいます。そういった意味で、遠隔診療は非常に大きなインパクトをもたらすでしょう。
もう1つ注目しているのが、ウェアラブル端末です。アップルウォッチには、脈拍を定期的にとり、異常があれば受診を促す機能がついています。疾患や発作の可能性を事前に知らせてくれるということで、これも今までにない大きなインパクトをもたらす技術です。
――デジタルヘルスは今後、どのように普及していくと見ていますか。
さまざまなイノベーションがある中、どれくらいの時間軸でどれくらい採用されていくのかということも、技術や活用法によって違ってくるでしょう。先ほどもお話ししましたが、AIを医師の診断支援に使うにはまだまだ時間がかかると思っています。一方、すでにテクノロジーが確立されているものについては、患者のアウトカムを改善させたり、医師の業務負担を軽減したりといったインパクトが期待されるエリアで、急速に普及していくと考えています。
デジタルソリューションやモバイルアプリについては、国によって全く動きが異なります。一部の国ではすでに、医療のメインストリームに取り込まれているところもありますし、まだ全然使われていないというところもあります。
AIのようにテクノロジー自体が未熟なものは、期待値は高いものの、克服しなければならない課題も多く、普及には時間がかかるでしょう。
――日本でデジタルヘルスを推進するには何が必要ですか。
デジタルを推進するには、さまざまな関係者が協力する必要があります。テック企業は重要なメンバーだし、製薬企業、政府、さらに患者や家族も大切なステークホルダーです。政府は何をするかというと、そうしたさまざまな関係者がオープンな形で活動できる環境を整えること。関係者の一部だけでもある程度の進展は見られるかもしれませんが、本当の意味で日常的にデジタルヘルスを医療のメインストリームに取り込んでいこうとするのであれば、全員が参加しなければなりません。ヘルスケアのエコシステムの中で、全てのステークホルダーが同じレベルでコミットしなければ、本当の意味での普及は難しいと思います。
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