米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。今回はJAK阻害薬を取り上げます。今後10年で後発品の参入が見込まれますが、市場にどんな影響を与えるのでしょうか。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
米国では2025年に主要特許が満了
2012年に米国で関節リウマチ治療薬として承認されたファイザーの「ゼルヤンツ」は、世界の主要な市場で初めて発売されたヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬だ。今では、世界の主な市場で複数の疾患を対象に承認されている。
Decision Resources Groupでは、ゼルヤンツが関節リウマチ、乾癬性関節炎、潰瘍性大腸炎に加え、2022年までに欧米で軸性脊椎関節炎の治療薬として承認されると見ている。この記事では、ゼルヤンツの特許期間と後発医薬品の発売によって、市場は今後10年間でどんな方向に向かうのか、考察してみたいと思う。
ゼルヤンツには、1日2回投与(ゼルヤンツ)と1日1回投与(ゼルヤンツXR)があるが、ゼルヤンツXRが販売されているのは米国だけだ(承認されている適応は関節リウマチと乾癬性関節炎)。
米FDAの医療用医薬品品質情報集によると、2025年12月にゼルヤンツの最も有力な特許のうち1つが満了する。仮に、若年性特発性関節炎を適応として特許期間が小児に限り延長(6カ月間の特許保護期間の追加)されたとしても、今後10年以内にゼルヤンツの1日2回投与製剤は後発品との競争に直面することになるだろう。ただし、1日1回投与のゼルヤンツXRの特許期間は2027年を超えて残るとみられる。
米国以外に目を向けてみると、日本では2026年、欧州では2027年までに、後発品が参入する可能性がある。
考えられる2つの影響
Decision resources Groupでは、より多くの情報に基づいた予測を導き出すため、ベンチマークとなる市場を特定すべくスタッフ間で交わしてきた議論は、これからも続けていくつもりだ。現時点で考えられる後発品の影響について、以下に概要を示す。
1日1回製剤を日本や欧州でも申請?
ゼルヤンツ以外のJAK阻害薬、すなわち、すでに承認されている「オルミエント」(バリシチニブ、イーライリリー)や、開発のウパダシチニブ(アッヴィ)、フィルゴチニブ(ギリアド/ガラパゴス)はいずれも1日1回投与。このためファイザーは、特許期間の満了が迫る1日2回投与製剤から、競争力があり特許期間の長い1日1回投与のゼルヤンツXRへの切り替えを積極的に進めるだろう。
さらにファイザーは、ゼルヤンツXRの承認を欧州でも取得しようとするかもしれないし、日本でも承認の可能性がある。ClinicalTriais.govによると、日本で行われた臨床第3相試験は主要な完了日として2013年3月の日付が登録されている。
競合品との有効性・安全性の違いは
ひとくちにJAK阻害薬と言っても、その標的は微妙に異なる。ゼルヤンツはJAK-1とJAK-3を標的としている一方、オルミエントはJAK-1とJAK2、開発中のウパダシチニブとフィルゴチニブはJAK-1だけをターゲットとしている。
中でも開発中の2剤は標的とするJAKに高い特異性を持っており、従来のJAK阻害薬と比べ、より優れた有効性とより望ましい安全性プロファイルを示すだろうと、Decision Resources Groupがインタビューした複数の医師は推測している。
例えば、あるドイツ人リウマチ専門医は「ウパダシチニブとフィルゴチニブは、比較的JAK-1を特異的に阻害するため、ゼルヤンツやオルミエントと比べてどのような副作用プロファイルを示すのか、興味深いところだ」と述べている。
こうした新しいJAK阻害薬が既存品と十分に差別化することができれば、ゼルヤンツの後発品が市場全体に与える影響は限定的なものとなるだろう。
他領域で参考になる市場は
競合品の状況
ゼルヤンツは関節リウマチと乾癬性関節炎、潰瘍性大腸炎の適応で初めて承認されたJAK阻害薬で、医師らはゼルヤンツを治療に欠かせない薬剤群に加えた。
関節リウマチ治療では、従来から存在する分子標的薬の方が使いやすいこと、保険によって優先して使用する薬剤に制約があることから、ゼルヤンツは治療の後ろの段階で広く使われている。乾癬性関節炎と潰瘍性大腸炎でも同じような傾向が考えられる。
特にJAK阻害薬の安全性プロファイルに対する安心感は増しており、JAK阻害薬への後発品参入は、同一クラス内の薬剤だけでなく、ほかの既存治療薬(特に代替するバイオシミラーがない薬剤や、治療の後ろの段階で用いられる薬剤)を使用する患者の薬剤選択にも影響を与えるかもしれない。
関節リウマチ、乾癬性関節炎、潰瘍性大腸炎、軸性脊椎関節炎の治療にゼルヤンツ後発品の参入がどのような影響を与えるのか。これを理解するために参考になるのが、「ジレニア」(ノバルティス)の特許切れが迫る多発性硬化症治療薬市場だ(最近、ジレニアが特許権を勝ち取ったことで、後発品の参入はゼルヤンツのそれよりも後になると見られているが)。
ジレニアはゼルヤンツと同じく、多発性硬化症の治療を目的とした初の経口薬で、治療アルゴリズム上の位置付けもゼルヤンツと似ている。さらに、ジレニアと同じクラスの新薬が後期臨床試験を行っており、これもJAK阻害薬をめぐる状況と類似している。
地域的差異
米国と欧州主要5カ国、日本では、ゼルヤンツの後発品が参入するタイミングに違いがある。多少のずれはあるかもしれないが、2026年には米国と日本で初めてゼルヤンツの後発品が参入。これに続いて2027年には、欧州主要5カ国でも後発品が発売されることになるだろう。ただし、ゼルヤンツが適応拡大を行えば市場保護が延長される可能性がある。
特許期間の地域的差異について検討する際は、「サインバルタ」(イーライリリー)の市場が参考になるかもしれない。同薬はまず、2004年に米国でうつ病の治療薬として発売され、神経障害性疼痛、全般性不安障害、線維筋痛・慢性筋骨格痛と適応を広げた。サインバルタの後発品は、2013年末に米国で、2015年はじめに欧州で発売されている。
価格
ヘルスケア業界全体がコストに敏感になりつつある中、後発品による市場変化を予測する上で価格は重要な要素となる。
ゼルヤンツの価格はほかの分子標的薬と同等もしくは安い。このため後発品は必要以上に価格を下げることはないとDecision Resources Groupは考えている。とはいえ低分子薬ではあるため、後発品の参入を阻む障壁はバイオシミラーに比べると低く、参入する後発品の数も多くなると考えられる。
つまり、ゼルヤンツの後発品は、競合が予測される先発品やバイオシミラーに比べ、大きく値引きされる可能性がある。価格競争力のある後発品が出てくれば、特に価格に敏感な欧州で使用が促進されるだろう。
価格設定のモデルとしては、片頭痛治療薬の市場を挙げることができる。
ゼルヤンツ後発品の発売に市場がどう反応するのかということについては、まだわからない。この記事ではいくつか状況が似た市場を挙げてきたが、JAK阻害薬に完全に合致するケースはひとつもない。
(原文公開日:2018年9月25日)
【AnswersNews編集長の目】この夏、日本で発売5年を迎えたファイザーのJAK阻害薬「ゼルヤンツ」(一般名・トファシチニブ)。安全性への懸念から慎重な使用が続いてきましたが、エビデンスの集積に伴って処方が広がりつつあるといいます。
JAK阻害薬の日本での開発・承認の状況を見てみると、ゼルヤンツは関節リウマチのほか、今年5月に潰瘍性大腸炎の適応拡大が承認。日本イーライリリーの「オルミエント」(バリシチニブ)は昨年9月に関節リウマチの適応で発売され、アトピー性皮膚炎では臨床第3相(P3)試験、全身性エリテマトーデスではP2試験が行われています。
今年5月には、アステラス製薬が関節リウマチを対象にペフィシチニブを申請。アッヴィのウパダシチニブは、関節リウマチや潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎など6つの疾患でP3試験(P2/3試験)を行っています。ギリアド・サイエンシズのフィルゴチニブは、関節リウマチと潰瘍性大腸炎、クローン病を対象にP3試験を実施中です。
今後、競合品が相次いで登場する見通しのゼルヤンツ。市場の動きから引き続き目が離せません。 |
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。
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