この夏、日本での発売から5年が経過したJAK阻害薬。経口で生物学的製剤に匹敵する効果を持つ関節リウマチ治療薬として期待される一方、安全性への懸念から慎重な使用が続いてきましたが、エビデンスの集積に伴って処方が広がってきています。競合品の開発も進んでおり、市場形成が本格化しそうです。
懸念の悪性腫瘍「多く出るわけではない」
「当初は悪性腫瘍が増えるのではないかという懸念があったが、調査が進むにつれ、それが非常にたくさん出ているわけではないということがわかってきた」。
8月、ファイザーが開いたJAK阻害薬「ゼルヤンツ」(一般名・トファシチニブ)に関するメディア向けのセミナーで、北海道大大学院医学研究院の渥美達也教授(免疫・代謝内科学教室)は、同薬の特定使用成績調査(全例調査)の中間報告を説明した上で、悪性腫瘍のリスクについてこう見解を述べました。
ゼルヤンツはファイザーが開発した世界初のJAK阻害薬で、日本では2013年7月に発売。臨床試験で生物学的製剤に匹敵する効果が確認され、かつ経口薬で利便性が高いことから、新たな関節リウマチ治療の選択肢として期待を集めましたが、処方はなかなか広がりませんでした。
理由は安全性に対する懸念です。ゼルヤンツは副作用として重篤な感染症を引き起こすリスクがあり、臨床試験では悪性腫瘍の発生が報告されました。日本リウマチ学会は同薬の承認に先立って安全性への懸念を表明し、慎重な対応を求める要望書をファイザーと厚生労働省に提出。承認条件として目標症例4000例・追跡期間3年間の全例調査が課され、ファイザーに納入施設を限定するなど慎重な使用が続いてきました。
全例調査はまだ続いていますが、ゼルヤンツ群3929例・対照群1789例の中間報告によると、重篤な感染症の発現率は5.52(100人・年あたり)、悪性腫瘍は1.25(同)と、安全性は確認されつつあります。渥美教授は「安全性への懸念から発売当初はそれほど多く処方が出なかったのは事実だが、最近になって処方の数は非常に増えている」と話します。
オルミエントが発売 ペフィチニブも申請中
JAK阻害薬は、炎症性サイトカインによる細胞内のシグナル伝達に関与するヤヌスキナーゼ(JAK)という酵素を阻害することで、関節リウマチなどの炎症を抑える薬剤。当初は、メトトレキサートや生物学的製剤で効果が得られない患者に対する“第3の選択肢”でしたが、最近では、日本の診療ガイドラインにも応用されている欧州の治療アルゴリズムで生物学的製剤と並び第2段階の治療で推奨されるなど、その位置づけも変わってきています。
JAK阻害薬は開発も盛んで、2017年9月には日本イーライリリーの「オルミエント」(バリシチニブ)が発売。今年5月には、アステラス製薬が自社創製のペフィシチニブを申請しました。国内ではこのほか、アッヴィのウパダシチニブとギリアド・サイエンシズのフィルゴチニブが臨床第3相(P3)試験を行っています。
オルミエントは、P3試験で生物学的製剤のアダリムマブ(製品名・ヒュミラ)に優越性を示したことで注目を集める薬剤。ゼルヤンツと同様に承認条件として全例調査が行わる中、発売初年の17年12月期は薬価ベースで1.26億円を売り上げました。薬価収載時の中医協資料によると、ピーク時には年間362億円の販売を見込んでいます。
関節リウマチの治療は、効果の高い生物学的製剤の登場により大きく前進した一方、それでも満たされないアンメットメディカルニーズは存在します。
ファイザーのメディア向けセミナーで講演した産業医科大医学部の田中良哉教授(第1内科学講座)によると、生物学的製剤を使っても3分の1は効果が得られず、患者の多くは経口薬を好むといいます。「バイオ製剤が出てきて革命的な治療の変化が起こったが、すべての患者にとってそうではない。だからこそJAK阻害薬が必要になってくる」と田中教授は指摘。一方で「内服だからといって安易に使っていい薬剤ではない」と適正使用を推進することの重要性を強調しました。
国内での使用経験が蓄積し、使用が広がってきたJAK阻害薬。新製品の相次ぐ登場で、市場は今後、本格的な立ち上がりの段階を迎えます。JAK阻害薬が依然として残るアンメットニーズを満たす薬剤となるには、市販後のデータを積み重ねて安全性と有効性を確立する「育薬」の取り組みが、引き続き重要となるでしょう。