ウイルスを使ってがん細胞を攻撃する「腫瘍溶解性ウイルス」の開発が活発化しています。日本企業では第一三共やタカラバイオ、オンコリスバイオファーマが開発を進めており、アステラス製薬も鳥取大とライセンス契約を結びました。2018年度中の商業化を目指す企業もあり、新たながん治療が近く臨床の現場に登場することになりそうです。
100年以上前からあるアイデア
腫瘍溶解性ウイルスとは、がん細胞に感染してがんを破壊するウイルスのこと。遺伝子改変によって、がん細胞の中だけで特異的に増殖するようデザインされており、正常細胞を傷つけることはなく、正常細胞での副作用は少ないと考えられています。さらに、患者自身の腫瘍免疫を増強する効果も期待されています。
がん細胞はもともと、正常細胞に比べてウイルスに対する防御力が低いとされています。過去にも、狂犬病ワクチンを投与した子宮頸がん患者の腫瘍が縮小したり、はしかに感染した子どものリンパ腫が消失したりといった報告があり、ウイルスを使ってがんを叩くアイデア自体は100年以上前からありました。
従来はウイルスの動きをコントロールすることができず、治療法としては確立されていませんでした。しかし近年、遺伝子改変の技術が発達したことで、正常細胞を傷つけずにがん細胞だけで増殖するウイルスを作れるようになってきました。
2015年には、米アムジェンがヘルペスウイルスに遺伝子改変を加えて開発した「IMLYGIC」(talimogene laherparepvec)が、世界初のウイルス療法剤としてメラノーマ(悪性黒色腫)を対象に米国で承認を取得しました。米国立衛生研究所(NIH)が運営する臨床試験データベース「ClinicalTrials.gov」でOncolytic Virus(腫瘍溶解性ウイルス)と検索すると、世界各地で行われている臨床試験が74件ヒットします(18年4月9日現在)。大手にベンチャーそしてアカデミアが入り乱れ、開発が活発化しています。
タカラバイオ 18年度の商業化目指す
日本企業ではタカラバイオや第一三共、オンコリスバイオファーマが腫瘍溶解性ウイルスの臨床試験を進めています。
タカラバイオが開発している「HF10(TBI-1401)」は、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)を使った腫瘍溶解性ウイルス。多くの腫瘍溶解ウイルスは遺伝子改変を行っていますが、HF10は遺伝子改変をまったく行っていない自然変異型のウイルスです。名古屋大で発見され、同社が商業化権を取得して開発を進めています。
最も開発が進んでいるのがメラノーマで、日本では臨床第2相(P2)試験を行っており、米国ではP3試験を計画中。HF10と免疫チェックポイント阻害薬イピリムマブの併用療法を評価した米国P2試験の最終結果(2017年のASCO〈米国臨床腫瘍学会〉で発表)によると、無増悪生存期間の中央値は19カ月、全生存期間の中央値は21.8カ月で、「イピリムマブとHF10の併用療法は、イピリムマブ単剤よりも効果があり、悪性黒色腫に対する新しい治療法になり得る可能性が示唆された」と結論付けています。
日本では18年度中の商業化を目指しており、再生医療等製品の条件付き承認制度や希少疾病用医薬品の指定を通じて早期に承認を得たい考えです。国内ではメラノーマ以外にも、膵臓がんでP1試験が行われています。
第一三共は先駆け指定 アステラスも参入
第一三共の「DS-1647(G47Δ)」は、東京大医学研究所の藤堂具紀教授のシーズをもとに両者が共同で開発を行っています。HSV-1に遺伝子改変を行ったもので、現在、日本で膠芽腫を対象に医師主導のP2試験を実施中。16年には再生医療等製品として先駆け審査指定制度の対象品目に、17年には希少疾病用再生医療等製品に指定されており、早期の承認が期待されています。
オンコリスバイオファーマは、風邪の原因となる代表的なウイルスであるアデノウイルスを使った「テロメライシン(OBP-301)」を開発中。国内では食道がんを対象に、▽放射線療法との併用▽抗PD-1抗体との併用――でP1試験が行われています。海外では、米国でメラノーマを対象とした単剤療法のP2試験が、台湾と韓国で肝細胞がんを対象としたP1試験が進行中。頭頸部扁平上皮がんやサルコーマを対象とした臨床試験も日本で計画中です。
アステラス製薬は先月、鳥取大と腫瘍溶解性ウイルスの開発・商業化に関する独占的ライセンス契約を結びました。免疫を賦活する遺伝子を搭載しており、同社の安川健司副社長は「革新的ながん免疫治療につながる」と期待しています。