臨床研究の不正防止を目的とした臨床研究法が成立しました。製薬企業から資金提供を受けて行われる臨床研究などを「特定臨床研究」として規制の網をかけるこの法律は、製薬企業にどんな影響をもたらすのでしょうか。
6月30日~7月1日に開かれる年次大会でもこの話題を取り上げる日本製薬医学会(JAPhMed)の理事で、年次大会の大会長を務める岩崎幸司さんに話を聞きました。
(聞き手・前田雄樹)
薬機法との棲み分けが重要
――臨床研究法が4月7日に成立し、同14日の公布から1年以内に施行されることになりました。▽製薬企業から資金提供を受けて行われる臨床研究▽未承認・適応外の医薬品を使った臨床研究――は「特定臨床研究」として臨床研究法の規制を受けることになります。製薬企業にはどのような影響が考えられますか。
既存の医薬品医療機器等法(薬機法)とどう棲み分けていくのか、というところが非常に大きな影響を与えることになると思います。
臨床研究法は成立しましたが、国会では衆参両院で付帯決議がつきました。これが結構難しいことになっています。厳しいのは2つ。1つは「臨床研究実施基準」はICH-GCPに準拠したものにしてくださいねということ。もう1つは臨床研究法に基づいて実施した臨床研究の成果を医薬品・医療機器の許認可に活用できるようにしなさいということ。この2つは製薬企業にとっても非常に大きなところです。
ところが問題なのは、既存の薬機法と新たにできた臨床研究法がカニバリゼーションを起こすと非常に混乱してしまうということです。
臨床研究法と薬機法の区別をどの切り口で考えるのか。例えば、当局への承認申請用の試験は薬機法、それ以外は臨床研究法という切り口。これは1つの考え方だと思いますが、そうすると付帯決議でついた「承認申請への利活用」というところに合わなくなる。
じゃあ切り口を変えて、研究者が主体でやるものを臨床研究法、企業がやるものを薬機法と考えると、何となくいけそうな気もしますが、医師主導治験は現在、薬機法の下で実施することになっています。企業主導の臨床研究はどっちに入るんですかという議論もしていますが、今は混乱している状況です。こういったところをどう整理していくかが非常に重要だと思っています。
(参考記事:ついに成立「臨床研究法」5つのポイント)
企業は企業主導臨床研究をやらなくなる
――具体的にはどんな問題が出てくるのでしょうか。
臨床研究法で企業主導の臨床研究をやっていこうということになる場合、製薬企業としては非常に困ることが1つあります。
臨床研究法では厚生労働大臣が認定した「認定臨床研究審査委員会」の審査を受けなければ研究を行うことはできません。この認定臨床研究審査委員会は全国で50カ所程度というのが、国会答弁での話でした。50カ所で本当にまかないきれるのですかという問題があります。
こういうことを考えていくと、製薬企業は企業主導の臨床研究というものをやらなくなっていく傾向が出てくると思います。薬機法の下で製造販売後臨床試験としてやった方が楽なんじゃないですかと。製造販売後臨床試験であれば、治験と同じように治験審査委員会(IRB)が審査しますが、これは各病院にありますので何ら問題なく進みます。
企業主導臨床試験のいいところというのは、医師とのコラボレーションが上手にできる、企業の独りよがりでない研究ができる仕組みなんですが、そこが弱くなるということが危惧されます。
――実施基準の具体的な内容などは今後、厚生労働省が省令で定めることになっています。
現在、薬機法の下にはGCP省令があり、臨床研究法の下にも具体的な基準を定めた省令がぶら下がることになっています。この省令のつくりかたによっては、企業は臨床研究を選択しなくなります。
GCPは確立されているので、その“お作法”に乗ってしまえばスムーズに進みます。しかし臨床研究法は見えません。薬機法と臨床研究法とどちらに寄りますかとなった時、確立されていて手間が少ない方を選ぶのが企業の論理です。
学会や企業も当局の動向を一生懸命見てはいますが、いかんせんまだ不透明です。そういったところはみんな知りたいところなので、年次大会では厚労省やPMDA、あるいはアカデミアの生の声を聞ければと考えています。
臨床研究の停滞危惧
――臨床研究法はその目的に「国民の信頼確保を通じて臨床研究を推進する」とうたっていますが、一方で法規制の導入によって臨床研究が萎縮するとの指摘もあります。
萎縮ではなく、停滞でしょう。研究のスピードは落ちると思います。手間がかかったり、気を遣ったりするところが増えますから。論文にしようとか、シーズを実用化しようという熱意を持った方が研究をするわけなので、研究者は萎縮しません。ですが、臨床研究を行う上で障害になることはあると思います。
その障害をどうやってクリアしていくかというと、アカデミアがやるしかない。薬機法は製薬企業にとって生命線ですが、臨床研究法はそうではありません。研究者、あるいはそれを支援する臨床研究センターといったところが頑張るしかないですが、厳しいですよね。「臨床研究をやめろということか」と怒っていた先生もいたという話も聞いたことがあります。
個人情報保護法改正に伴う研究倫理指針の見直しや、医療ビッグデータ新法も含め、医薬品・医療機器のエビデンス構築に関わる規制が大きく変わり始めています。そこに携わる人がきちんとついていけるのかというところは危惧されるところです。
共同研究の枠組みが必要
――臨床研究法によってアカデミアと製薬企業の関わり方は変わってくるのでしょうか。
私が個人的に一番大きいと思っているのは、先ほどお話したように、薬機法の下でやる方が企業も慣れているので、臨床研究法が関わるものに企業側が乗ってこなくなる可能性はあります。
臨床研究法の中で企業とアカデミアとの共同研究の枠組みをきっちりと定義してもらえればいいのですが。今のところ「臨床研究に関する倫理指針」にしても臨床研究法にしても、スポンサーシップ(臨床研究の立案・管理に責任を負う個人または組織・施設・企業。資金提供者とは必ずしもイコールではない)に関する記載がありません。
製薬企業は2012年に高血圧症治療薬の件があってから、どういう役割分担ならアカデミアと共同で臨床研究ができるのかをある程度明確にしていただかないと動けない状況なんです。そうすると、今動いているのは研究者が100%のアカウンタビリティでやる研究者主導臨床研究と、企業側が計画も全部立ててやる企業主導臨床研究の「0か100か」の関係しかありません。もちろん共同でやっているところもありますが、恐る恐るやっていて件数もそれほどない。
でも、日本の臨床の現場の中で一番要望が多いのが共同研究なんですよ。でもその枠組みがない。臨床研究法の中で、企業とアカデミアが共同でやっていくためにはこうすればいいですよというものを出してもらえると、企業もどんどん乗ってくると思います。
――臨床研究法では、製薬企業が臨床研究に資金提供する場合は、契約を結んだ上で公表することが義務付けられました。この点がアカデミアと企業の関係に影響を及ぼすことはありますか。
ないですね。資金提供の公開は日本製薬工業協会のガイドラインに基づいて行っていますので。ただ、研究内容を明記して公開せよということになると、企業としては研究内容を秘密にしておきたいこともありますので、そのあたりのところは支障が出るかもしれませんが。
それよりも枠組みの部分の問題が大きいと思います。研究者も製薬企業も、お互いが持っているものの良さは分かっていますが…。歩み寄りたいのは山々なれど、というところです。このラインに乗っていれば変なことにはならないよということを示していただかないと、企業としては動きづらい。
高血圧事件と同じことをするのか
――お互いが安心してコラボレーションができることが重要ということですね。
そうですね。スポンサーシップについて全く触れないというのは、言い方は悪いですが当局として逃げているなという印象です。
2012年に高血圧症治療薬の件が起きてしまった以上、そこを明確にしなければ、もう1回同じことをやるんですかという話になってしまいます。どこの企業も厳しくやるようにはなってきていますが、厳しいだけがいいのか。
研究者主導の臨床研究にはお金は出しますけど口は一切出しませんと。そんなに仲悪くしなくてもいいじゃないという話です。製薬企業では、そこの線はものすごく厳しくなっていて、(研究者の研究計画を)審査してもなぜダメだったかさえ教えないということがほとんどなんです。お互い話し合えばいいものが生まれるかもしれないのに、そこをやめてしまっているというのは、やっぱりもったいないですよね。
MSL 研究支援で役割明確化
――臨床研究法は製薬企業のメディカル部門にも影響を及ぼしそうですが、メディカル・サイエンス・リエゾン(MSL)のあり方は変わっていくのでしょうか。
MSLは今、非常に議論のあるところなので、難しい部分がありますが、あり方としては変わってくると思います。日本製薬医学会ではMSLについて「高度な医学的・科学的な情報交換ができる」と言っていますが、この「高度な」という部分が変わってくると思います。
臨床研究法ができてくると、まずこの法律に詳しい、そして省令が出てくるとその解釈に詳しい、それに基づいて臨床研究を進めていくためには何をしなければならないのかという情報交換ができる。自分の会社の薬についてこういう研究を、というスタンスではなく、インフラの面で医師がやりたい研究に対して相談相手になれる。そういうことができると、MSLも薬のブランドをちらつかせなくても堂々と医師の前に立てるようになると思います。
臨床研究法により、MSLはもっと高度化していくことになるでしょう。Ph.DやMDの資格を求められる傾向は強まると思います。Ph.Dを持っているということは、研究の作法を知っているということですので。
MSLが相手にするキー・オピニオン・リーダー(KOL)は、主に3つのことをしていると言われます。研究と診療と教育です。この研究のプロセスでどこまで相談に乗れるか。臨床研究法ができると、臨床研究を進める上での障害が出てきます。その障害をどこまで少なくして、スムーズな研究を後押しするか。臨床研究法は、MSLの役割をより明確化させることになるかもしれません。
日本製薬医学会第8回年次大会【日時】2017年6月30日13時~7月1日17時 臨床研究法や医療ビッグデータ新法の成立、個人情報保護法の改正に伴う倫理指針の改定により医薬品・医療機器のエビデンス構築のあり方はどう変わるのか、厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)、日本医療研究開発機構(AMED)の担当者やアカデミアの研究者らが議論する大会長セッション(7月1日)のほか、 ▽製薬医学教育▽製薬医学と医薬品開発の展望▽パブリケーション(GPP3)▽臨床試験におけるQuality by DesignとRisk based Approach▽求められるMSL▽臨床研究計画立案時におけるアカデミアと企業の関わり方▽医療情報データベースを使用した疫学研究と製造販売後調査の今後――の8セッションを予定。 参加費は事前参加登録(5月30日まで)がJAPhMed会員1万8000円・非会員2万円、6月1日以降に参加登録した場合は会員2万円・非会員2万5000円。詳しくは大会ホームページ(http://japhmed2017.org/) |