薬局と医療機関の独立性をめぐる規制が10月1日から一部緩和され、医療機関の敷地内に薬局を開設する、いわゆる“敷地内薬局(門内薬局)”が解禁されます。大学病院や公立病院を中心に、規制緩和を見据えて病院敷地内に薬局を誘致する動きが活発化しています。
一方、医薬分業への批判の高まりを受けて厚生労働省が昨年まとめた「患者のための薬局ビジョン」がうたうのは、「『門前』から『かかりつけ』、そして『地域』へ」。門前薬局中心の医薬分業から脱却し、地域に根ざした「かかりつけ薬局」に再編する方針です。
薬局のあり方が問われる中で出てきた相反する2つの動き。薬局の向かう先は「門前から門内」なのか、それとも「門前から地域」なのか。困惑が広がっています。
薬局と医療機関を隔てるフェンスが不要に
10月1日から、薬局と医療機関の独立性に関する規制が一部緩和されます。厚生労働省は従来、処方箋を持った患者が医療機関から薬局に行く際は、いったん公道を通るよう求めており、両者が隣接する場合には間をフェンスや塀で仕切るよう指導してきましたが、10月1日からは両者を隔てるフェンスや塀は不要に。医療機関の敷地内に薬局を開くことが可能になります。
規制緩和の発端は2014年10月。「フェンスなどで仕切られていると、身体が不自由な人、車いすを利用する人、子供連れ、高齢者にとっては不便なので、いったん公道に出て入り直すという杓子定規な考え方は見直してほしい」という行政相談を受けた総務省が、厚労省に改善を要請しました。翌15年には、政府の規制改革会議が規制の見直しを答申。こうした動きに押される形で、厚労省は規制緩和を決めました。
そもそも、厚労省が薬局と医療機関の間にフェンスや塀の設置を求めてきたのは、薬局と医療機関の独立性を担保するためです。
医薬分業の最大の目的は、医師の処方を院外の薬局薬剤師がチェックすることで、重複投薬や相互作用による副作用を防ぎ、薬物治療の安全性を確保することにあります。そのためには、医師と薬剤師が完全に独立して業務を行うことが大前提。仮に両者が癒着するようなことがあれば、薬剤師が医師の処方に口を出しにくくなってしまいかねず、薬局は医薬分業で求められる機能を果たすことができません。
法令でも薬局は「医療機関と一体的な構造とし、一体的な経営を行うこと」が禁じられており、これを担保するために厚労省が求めてきたのが、両者を隔てるフェンスでした。
「大家と店子」で「独立」と言えるか
10月の規制緩和を控え、大学病院や公的病院を中心に、病院敷地内に薬局を誘致する動きが活発化しています。業界紙などで報じられただけでも、
千葉大病院(千葉市)
滋賀医大病院(滋賀県大津市)
国立病院機構災害医療センター(東京都立川市)
益田赤十字病院(島根県益田市)
などが敷地内薬局を誘致しています(国立病院機構災害医療センターはその後、敷地内薬局の公募を取り下げ)。
確かに、薬局と医療機関を区切るフェンスが取り払われれば、患者の利便性は高まるでしょう。公道を通るためにわざわざ遠回りするのは面倒だと感じていた人も多いでしょうし、特に体の不自由な人や高齢者には負担です。利用者に不便を強いている面があれば、それを改善するのは必要なことかもしれません。
一方で、フェンスという物理的な隔たりを取り払ってしまうことが、経営上の仕切りまでもなくしてしまうことにはならないのでしょうか。
経済的思惑が先行
今回の規制緩和は、土地の売却益や賃料を経営に充てたい病院側にとっては渡りに船です。公募は中止されましたが、国病機構災害医療センターの公募文書には、入札評価基準の欄にはっきりと「当院への経済的貢献度(地代含む)の妥当性」と書かれていました。
病院側は院外処方箋を発行することで診療報酬の処方箋料(原則68点=680円)を得ていますが、敷地内に薬局を誘致すれば、これに土地や建物の賃料が加わります。病院経営にとっては大きなプラスでしょうが、院外処方から報酬を2重に得ているとも言え、批判の声も上がっています。
利便性を旗印に解禁される敷地内薬局ですが、処方箋を集めたい薬局側も含め、経済的な思惑が先行しているように見えます。医療機関と薬局が「大家と店子(たなこ)」の関係となり、経済的貢献を求められた時、果たして薬局は医療機関から独立していると言えるでしょうか。経済的な結びつきから医療機関への配慮が生まれ、薬局は口をつぐみ、やがて処方箋のチェック機能が弱まる――。そんな可能性も、ないとは言い切れません。
「地域へ」との矛盾
規制緩和で病院と薬局が距離を縮める一方で、厚労省は全国約5万7000軒の薬局を地域に根ざした「かかりつけ薬局」に再編する方針です。
そもそも今回の規制緩和は、医薬分業自体のあり方とともに議論されてきました。院外処方は院内処方に比べて報酬が高く設定されていますが、規制改革会議では「コストに見合ったメリットを受けられていない」といった指摘が相次ぎました。
厚労省は昨年10月、「『門前』から『かかりつけ』、そして『地域』へ」をキャッチフレーズとする「患者のための薬局ビジョン」を策定し、服薬の一元的・継続的な把握や、それに基づく薬学的管理・指導などを、かかりつけ薬局・薬剤師が持つべき機能だと定義。今年4月の調剤報酬改定では、門前薬局の報酬を引き下げる一方、「かかりつけ薬剤師指導料」「かかりつけ薬剤師包括管理料」を新設し、かかりつけ薬剤師に手厚い報酬体系に見直しました。
「門前薬局など立地に依存し、便利さだけで患者に選択される存在から脱却し、薬剤師としての専門性や、24時間対応、在宅対応等の様々な患者・住民のニーズに対応できる機能を通じて患者に選択してもらえるようにする」
「患者のための薬局ビジョン」は、基本的な考え方の1つに「立地から機能へ」を掲げますが、一方で利便性だけを旗印に敷地内薬局を容認するのは、明らかに矛盾しています。
調剤報酬での誘導には疑問も
その上、調剤報酬でかかりつけ薬局・薬剤師の普及を図るという方法を疑問視する声は少なくありません。門前の評価を下げ、かかりつけに報酬を手厚くすれば、当然、門前薬局の方が患者負担は少なくて済みます。近くて便利な上、安いとなれば、患者がかかりつけを選ぶ動機は、少なくとも経済的な面では乏しいからです。
さらに、服薬情報の一元管理など「かかりつけ」として求められる機能は、門前薬局であれ、地域の薬局であれ、医薬分業の目的を実現するためには本来はどの薬局も備えておくべき機能のはず。それにも関わらず、報酬というインセンティブを与えてそれを促そうというやり方には、違和感が拭えません。
日本の医薬分業は、処方箋を発行するかどうかを医師の判断に委ねる「任意分業」です。医師の判断で薬局の収入を左右するような状況では、そもそも独立性も怪しいですし、かかりつけ薬剤師を推進したところで医薬分業のメリットを患者が感じられるかも疑問です。
薬物療法の安全性・有効性を担保するために必要な制度であるにも関わらず、批判にさらされることの多い医薬分業。個々の薬局・薬剤師の取り組みももちろん大切ですが、制度自体が多くの矛盾を抱えたままでは、患者や国民から理解を得るのもなかなか難しいのではないでしょうか。