製薬企業が避けて通ることのできない「パテントクリフ」。多くの企業が主力製品の特許切れによる収益の急激な落ち込みに苦しんできた中、それを一足飛びに乗り越えようとしているのが、塩野義製薬です。
塩野義の成長を支えてきた高脂血症治療薬「クレストール」は2016年に特許切れを迎えますが、そのあとを担う自社創製の抗HIV薬が急成長。主力製品の交代がピタリと決まり、“クレストール・クリフ”の危機を回避することに成功しそうです。
ロイヤリティーが支える好業績
塩野義製薬の2015年度決算は、売上高3100億円(前年度比13.1%増)、営業利益914億円(81.5%増)。大幅な増収増益で、営業利益は過去最高、経常利益(1009億円、29.5%増)は4期連続で過去最高を更新しました。
ここ10年間の業績の推移を見てみると、業績は右肩上がり。06年度と比べると、売上高は1.6倍に、営業利益は3.2倍に膨らみました。成長を支えているのは、ライセンス先からもたらされる巨額のロイヤリティー収入。15年度は1018億円(67.8%増)に達し、売上高の3分の1を稼ぎ出しています。
「崖から丘に」先手の“奇策”
そんな塩野義も、数年前までは「超えられない」と言われていた壁に直面していました。最大の主力品である高脂血症治療薬「クレストール」の特許切れです。英アストラゼネカにライセンスアウトした「クレストール」のロイヤリティー収入はピークの13年度で657億円。しかし、16年から17年にかけて、日本や米国など主要国で次々と特許切れを迎えます。
そこで塩野義はある“奇策”を打ちました。14年、提携先の英アストラゼネカとの契約を見直し、従来は特許切れと同時になくなるはずだったロイヤリティーの料率を大幅に引き下げる代わりに、受け取り期間を23年まで7年間延長したのです。
結果として塩野義は、最大の経営課題だった「クレストール・クリフ」をあえて前倒しする見返りに、特許切れ後も業績を下支えする相当額のロイヤリティー収入を得ることになりました。目先の実入りは減りますが、特許切れ後の急激な業績の落ち込みは避けられます。「クレストールの『クリフ(崖)』が『ヒル(丘)』になった」(手代木功社長)わけです。
「丘から平地に」主力品の世代交代ピタリ
その「丘」も、いまや「平地」に変わりつつあります。「クレストール」の後を担う主力品が絶妙なタイミングで育ってきました。自社創製し、英ヴィーヴヘルスケアに導出した抗HIV薬「テビケイ」です。
「テビケイ」と、それを含む配合剤「トリーメク」は15年に世界で13億1800万ポンド(15年度の平均レート:1ポンド=181.33円で2390億円)を売り上げ、ブロックバスターに成長しました。売り上げ拡大に伴い塩野義が受け取るロイヤリティーも大幅に増え、15年度には405億円に。16年度は620億円を見込んでいます。「クレストール」のロイヤリティー収入が大幅に減るにもかかわらず、16年度のロイヤリティー収入は全体で1149億円(12.8%増)まで伸長。そこにはもう、「丘」すら存在しません。
収益につなげる戦略も巧みです。
「テビケイ」は従来、ヴィーヴと塩野義の共同開発でしたが、12年にこの枠組みを変更。「テビケイ」とその関連製品の権利をヴィーヴに移す一方、塩野義はヴィーヴの株式の10%を取得し、ロイヤリティーに加えてヴィーヴからの配当を得ることになりました。名を捨てて実を取った形ですが、ヴィーヴの業績拡大とともに配当金は増加。14年度には200億円余り、15年度も100億円強が転がり込みました。
11年7月時点で1000円強だった株価は、この5年で5倍近い5500円台まで上昇しました。一時は「越えられない」とまで言われていた壁を一足飛びに乗り越えた塩野義の巧みな戦略を、株式市場も好感しています。
欧米大手を惹きつける創薬力
こうした成長の源泉は、塩野義の持つ高い創薬力にあります。開発パイプラインに占める自社創製の化合物の割合は68%。「よくて50%」と言われる国内の一般的な製薬メーカーにあって、この数字は驚異的とも言え、世界の製薬大手が塩野義のパイプラインに食指を動かされています。
英アストラゼネカと提携した「クレストール」、英ヴィーヴに導出した「テビケイ」に続くのが、「われわれが今後成長するための大きな目玉商品」(手代木社長)と期待する抗インフルエンザウイルス薬「S-033188」。複数の欧米メガファーマが関心を示す中、今年2月にロシュとのライセンス契約を締結しました。
S-033188は、キャップ依存型エンドヌクレアーゼ阻害薬と呼ばれる新規の作用機序を持ち、インフルエンザウイルスの増殖を抑制する効果が期待されています。1回の投与で治療を終えられると注目を集めており、大型化が見込まれています。
今年3月には、塩野義として初めて自社単独でグローバル開発したオピオイド誘発性便秘治療薬ナルデメジンを日米で同時申請。多剤耐性グラム陽性菌に対する抗菌薬は、17年度の米国発売を目指しています。
国内事業のテコ入れ・米国事業の強化がカギに
懸念があるとすれば、マザーマーケットである国内市場でしょう。国内医療用医薬品の売上高はここ数年、減少傾向で、10年前と比べるとほぼ横ばい。向こう1、2年の間に、「クレストール」とARB「イルベタン」、抗精神病薬「サインバルタ」と主力品に相次いで後発医薬品が参入する見通しです。
2020年度までの中期経営計画では「国内事業の選択と集中」が重要な経営課題の1つに挙げられており、感染症治療薬などを外資系製薬企業に売却する方針も伝えられています。薬価引き下げなどにより国内市場が停滞する中、ロイヤリティー収入の拡大により業績好調なこの時期に大胆なテコ入れができるかどうかが、1つの大きなカギとなりそうです。
もう1つの課題は、米国事業の強化です。切り札として期待されるのは、膣萎縮症治療薬「オスフィーナ」ですが、15年度の実績は48億円(5.5%増)。市場シェアも拡大し、売り上げも前年から伸びたものの、計画していた74億円には届きませんでした。
米国市場の開拓は塩野義の中長期の成長を左右する最も重要な戦略。今後、新薬の投入も控えるだけに、事業基盤の確立が急がれます。
塩野義が中計で目標に掲げるのは、20年度に売上高5000億円、経常利益1250億円。経常利益目標は18年度に前倒しで達成できる見通しで、計画の見直しも今後検討される見通しです。巧みな戦略で特許切れをものともせず成長を続ける塩野義は、次にどんな将来展望を描くのでしょうか。