
米ユタ大学オッシャー統合健康センターを訪問したロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官(ロイター)
[ロンドン ロイター]トランプ政権による連邦保健機関の予算や人員の削減が、長期的な低迷にあえぐバイオテクノロジー業界に衝撃を与えている。投資家や企業幹部、アナリストは、製品の承認取得が困難になるのではないかとの懸念が高まっていると指摘する。
「規制当局の機能は損なわれている」
特に米FDA(食品医薬品局)職員の大量解雇は、革新的な治療法を開発する一方で経営を支える上市製品を持たない中小バイオテック企業にとって、経営上の大きなリスクとなる。一部の関係者はさらに、政権による国立衛生研究所(NIH)への助成金凍結の指示が、将来的にバイオテクノロジー分野への人材や資金の流入を妨げる可能性を懸念している。
S&PバイオテックETF指数は今月上旬に1年半ぶりの安値をつけ、2021年のピーク時の半分以下の水準で取引されている。同指数は今年に入り約20%下落している。
ジェフリーズのアナリストによると、米国上場の中小バイオテック企業の30%近くが現預金以下で取引されており、市場がこれらの企業の既存事業や開発パイプラインに価値を見出していないことが示唆される。
米バーテックスや同アセンディス・ファーマの株式を保有する資産運用会社キャンドリアムのシニアファンドマネージャー、リンデン・トムソン氏は「バイオセクターが機能するためには、予測可能で科学主導の規制当局が必要だ」と強調。「バイオテクノロジー企業の株価評価に用いられる企業の将来的なキャッシュフローは、その大部分が米国での商業売り上げに基づいている。米国での承認なしに将来的な価値はない」と話す。
ロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官は、4月上旬に開始した人員削減は保健官僚機構を合理化するために必要であり、各機関の業務改善につながると主張する。しかし、FDAなど主要機関のトップ科学者の解雇は、各機関がどのように自らの使命を果たしていくのかということについて疑問を生じさせている。
企業幹部や投資家らが米国議会に宛てた書簡によると、バイオテック企業はFDAとのミーティングやフィードバックの後ろ倒しを余儀なくされており、「多くの企業が承認決定の遅れを懸念している」と訴えている。
ソーンバーグ・インベストメント・マネジメントのアソシエイトポートフォリオマネージャー、ポール・アリアーノ氏は、「大量解雇は始まったばかりで、その影響はまだ表面化していないものの、規制当局の機能が損なわれているとの見方が圧倒的だ」と指摘する。ソーンバーグは米サレプタ・セラピューティクスや同サイトキネティクスの株を保有している。同氏は「市場心理は悪化しており、楽観的な見通しをもたらす要素はほとんど見当たらない」と語った。
「中小バイオテックは危急存亡」
トランプ氏による複数の大統領令によって、NIHからの資金提供が妨げられている。NIHが従来提供してきた初期の研究開発のための資金は、新興バイオテック企業の設立を後押ししてきた。スティフェル・インベストメント・バンクのグローバルヘルスケアグループのマネージング・ディレクター、ティム・オプラー氏は「中小バイオテック企業にとって今は危急存亡の時だ。(NIHの資金凍結は)今後数年間の医薬品・治療法開発に影響を及ぼすだろう」と警告する。
バイオテック企業の株価は、COVID-19のパンデミック中に投資のピークを迎えて以来、高金利の圧力を受けてきた。トランプ大統領が就任した1月以降、株価はさらに下落し、FDAの生物製剤評価研究センターを率いていたピーター・マークス氏の辞任後、売りが加速した。開発中期段階の難聴治療薬をパイプラインに持つ仏センソリオンのナワル・ウズレンCEOは「革新的な治療法の迅速承認を推進してきたマークス氏を失うことが何を意味するのか、誰もが疑問を抱いている」と話す。
米FDA生物製剤評価研究センター所長を辞任したピーター・マークス氏(ロイター)
投資家は、個々の新薬に対するFDAの判断を、同機関が正常に機能しているかを測るバロメーターと捉えている。FDAは最近、米ノババックスの新型コロナワクチンに関する審査期限を守らなかった一方、すでに承認されているベルギー・アルジェニクスの免疫疾患治療薬のプレフィルドシリンジ製剤にはゴーサインを出した。
不確実な状況下で、バイオテック企業は公的資本へのアクセスが困難になっている。LSEGのデータによるとバイオテック企業が今年調達した資金は42億ドルで、前年同期の111億ドルを大きく下回っている。
ベルビュー・アセット・マネジメント(スイス)でバイオテックファンドの責任者を務めるクリスティアン・コッホ氏は、資金調達ができなかった一部企業から投資を引き揚げ、別の企業に対しては資金繰りの悪化を避けるための代替策を模索していると明かした。
B型肝炎治療薬の中期臨床開発を進める米アービュータス・バイオファーマは、3月にレイオフを発表した。今年に入り、数百人規模の人員削減を発表するバイオテック企業は増えている。
ジェフリーズのアナリスト、マイケル・イー氏は、資金調達に苦戦する企業にとって身売りがますます魅力的な選択肢となる可能性を指摘する。ただ、経済政策や関税政策の不透明さにより、製薬企業とバイオテック企業との大型のディールは停滞している。
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RBCキャピタル・マーケッツのグローバルヘルスケアアナリスト、ブライアン・エイブラハムズ氏は「われわれがカバレッジしているバイオテック企業の大半は、ほぼ最悪のシナリオにおけるファンダメンタルな公正価値を下回って取引されている」と話した。
(取材:Maggie Fick/Bhanvi Satija、編集:Michele Gershberg/Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)