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「ずっとMRを続けるために」リリーが取り組んだ「小さな体調不良」を気軽に報告できる仕組みづくり

更新日

亀田真由

女性MRチームが考案した体調スコアカード

 

女性営業職のリーダー育成を目指す業種横断プロジェクト「新世代エイジョカレッジ2024」で、日本イーライリリーの女性MRチームが審査員特別賞を受賞しました。同社のチームが取り組んだのは「健康不安を理由に女性社員が辞めない職場づくり」。その日の体調を簡単に数値化できる「体調スコアカード」を使い、上司と部下のコミュニケーションを促す実証実験を行いました。

 

 

体調不良による生産性低下、リリー1社で年間1億5000万円

誰しも経験のある「休むほどではない体調不良」。小さな不調は、個人の仕事のパフォーマンスに少なからず影響します。一人ひとりのパフォーマンスの低下は小さいものだったとしても、それが積み重なることによる生産性の低下は、組織として無視できるものではありません。

 

エイジョカレッジ(エイカレ)に参加したリリーの女性MR5人が社内のMRを対象に行ったアンケートでは、女性MRの86%が月経や頭痛といった休むほどではない体調不良を我慢しながら働いていました。その労働損失を金額に換算すると、リリー1社だけで年間1億5000万円に上ると推計されたといいます。

 

MRの仕事は、長時間の車の運転や立ち仕事、医師との面談、専門知識の習得など、体力的・精神的にタフさが求められる場面も少なくありません。とりわけ女性は、日々の体調や体力面から「長く働く未来を描けない」と感じることも珍しくないようです。リリーのアンケートでは、女性MRの74%が「(小さな体調不良の積み重ねによって)将来仕事を続けていくことに不安がある」と回答しました。体力の低下やホルモンバランスの揺らぎといった目に見えない身体の変化は、それが小さなものであってもキャリアを築いていく上で少なからず重石になっています。

 

一方で、体調に関する話題にはセンシティブな内容も含まれるだけに、直属の上司に相談できていると答えた女性MRはわずか2割。上司側も、6割が部下に体調について聞きづらいと感じていると答えました。コミュニケーションの不足によって、労働生産性による損失が広がっているのではないか――。こうした仮説のもと、リリーでは昨年、1枚のカードを使った実証実験が行われました。

 

1枚のカードでコミュニケーションを促す

そのカードは、簡単なチェックによって「その日の体調」や「ここ1カ月のこころやからだの疲れ」を数値化できる「体調スコアカード」。社内医師の監修のもと、実験を主導したメンバーが自ら考案。実験には営業部門の従業員93人(男性営業職・管理職も含む)が参加し、1on1面談や不調がある日の同行前といった場面で、上司と部下の間でカードを使ったコミュニケーションを行ってもらいました。

 

4週間の実験の結果、女性MRの63%、男性MRの88%、さらに管理職の78%が「体調について話す心理的ハードルが下がった」と回答。「生理中の社員が上司同行時に自分のペースで休憩を取れるよう、移動に使う車両を上司と別にする」「不妊治療に取り組む社員が気兼ねなく休めるよう、スケジュールを柔軟に調整できる環境を作る」といった具体的な改善につながったケースもありました。

 

そうしたことがなくても、自分を理解してもらえたという安心感がパフォーマンスやモチベーションのアップに結び付いたとする声もあり、事後アンケートでは参加した管理職全員がマネジメントの質向上につながると回答。中には、上司側もカードに体調を記入して1on1に臨むケースも見られたといい、相互理解と信頼関係の構築につながった面もあったようです。

 

エイカレサミット2024で体調スコアカードの使い方を披露するリリー社員(同社提供)。その日の体調を記入する表面では、発熱の有無や痛みの程度、つらさ・倦怠感などを6段階で評価。その原因として、風邪や片頭痛、胃腸障害、月経関連、更年期関連などを印をつけることで申告できる。1カ月の体調の変化を記入する裏面では、「面談やミーティングで人と話すことを憂鬱に感じるか」「運転に集中できていない時があるか」など、こころとからだの疲れを6つの設問で数値化できるようにしている

 

リリーの取り組みは、提言内容や汎用性の高さが評価され、2月に行われた「エイカレサミット2024」で審査員特別賞を受賞しました。審査員の白河桃子氏(相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授)は「『つらい』と弱さを見せることができる、心理的安全性が確保された企業風土を作る一助になるのではないか」とコメント。女性だけでなく、管理職同士など上司側でも広く使ってほしいと期待を添えました。

 

こうした声や社内の反響もあり、リリーでは今後、体調スコアカードを使ったコミュニケーションを全社的に展開していく方針です。まずは、実験に参加しなかったメンバーを含めて営業職の中で活用を進めていき、事例を作りながら徐々にほかの職種でも活用の機会を増やしていく考え。実験を主導したMRの1人である柳侑里さん(オンコロジー事業本部)は、「体調スコアカードを広めていくことで、社員全員が当たり前に体調について話せる環境やマインドをつくることが目標です」と話します。

 

「おばあちゃんMRってかっこいい」

従業員の健康管理を生産性向上につなげる取り組みは「健康経営」と呼ばれ、近年、注目が高まっています。ただ、制度や仕組みを整えても、その浸透に課題を抱える企業は少なくありません。「リリーにもいい制度がたくさんあるが、社員の理解が不十分で、うまく活用しきれていない現状があった」(糖尿病・成長ホルモン事業本部の末房沙織さん)。管理職でも制度の理解は半分にも満たなかったといいます。

 

体調スコアカードを使った実証実験は、「制度がハコだけになっていないか」という課題意識から出発したもの。「はじめ『おばあちゃんMRってかっこよくない?』という話になったんです。でも、現実には、年齢を重ねてMRを続ける女性はほとんどいません。なぜだろうと掘り下げていく中で、制度が上手く活用されていないことに気づきました」(自己免疫事業本部の矢作菜摘さん)。実証実験中は、社内SNSを通じて社内制度を広報し、理解を深めてもらう動きも行っていたといい、実際の制度の活用にも広がったといいます。

 

「本来は、ツールがなくとも健康について上司も部下も分け隔てなく話せる状態が理想です。私たちは体調スコアカードを制度にしたいわけではないので、実証実験を始める際、取り組みのゴールをしっかり伝えることを心がけました」と末房さん。健康について話すことそのものが目的なのではなく、「日々数字を追いかけ、効率化を求めていく中でも、『少しでも長く働きたい』『もう少し頑張ってみよう』と思えるような話し合いができることが大切ではないか」と参加者に問いかけました。「私たちが熱量を持って伝えたことで、多くの人に協力してもらうことができました。私自身にとってはそれも大きな学びでした」(末房さん)。

 

受賞後にコメントするメンバー。壇上左から末房沙織さん、池上美香さん、米田麻衣子さん、矢作菜摘さん、柳侑里さん

 

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