
ファイザーの新社長に、取締役執行役員チーフ・オペレーティング・オフィサー(COO)を務めていた五十嵐啓朗氏が1月1日付で就任しました。五十嵐氏は、コンサルティングファームや投資ファンド、外資系製薬企業を渡り歩いて昨年8月にファイザーに入社した46歳。過去のファイザー日本法人社長と比べると異色と言える経歴の持ち主です。新型コロナウイルスワクチン・治療薬による業績の急拡大を経て、新たな展開へと踏み出す同社。その現在地と将来を探ります。
事業構造は大きく変化
五十嵐氏は1月29日の就任記者会見で「新生ファイザーの成長フェーズに入る」と述べ、新型コロナ関連のビジネスが落ち着きを見せる中、新型コロナワクチン・治療薬以外の新製品を軸に成長を目指す考えを強調しました。
ファイザーの事業構造は、ここ数年で大きく変化しています。かつては日本市場で常に売上高トップを争う位置にいましたが、2020年に特許切れ製品や後発医薬品を切り離し、新設したヴィアトリスに移管。IQVIAの集計(販促レベル)によると、19年に薬価ベースで5695億円あった売上高は、20年に一気に2698億円に減少しました。
しかし、これを補うように21年2月に新型コロナワクチン「コミナティ」の接種がスタート。同ワクチンは政府買い上げのためIQVIAの集計には含まれず、売り上げは明らかになっていません。グローバルでは21年に368億ドル(当時の為替レートで約4兆5000億円)を売り上げており、日本法人の業績にも相当な貢献があったと推察されます。
ただ、コロナワクチン・治療薬を除くと、20年以降、業績は停滞気味。現在の主力品は抗凝固薬「エリキュース」などですが、かつての「リピトール」「ノルバスク」「リリカ」のようなブロックバスターはありません。
「プライオリティ製品」に資源集中
もっとも、製品ラインアップは豊富で、過去5年間の新薬承認数(適応拡大や剤形追加を含む)は36品目と国内最多を誇ります。24年は適応拡大も含めて10製品を世に送り出しました。このうち6製品はワクチンで、ほかにはピーク時売上高165億円を見込む多発性骨髄腫治療薬「エルレフィオ」や同30億円の前立腺がん・乳がん治療薬「ターゼナ」などがあります。同社は注力領域を「がん」「内科系疾患」「ワクチン」「炎症性・免疫疾患」「希少疾患」「感染症」としており、幅広い領域をカバーしています。
こうした中で舵取りを任された五十嵐氏は、成長戦略実現に向けた経営方針として▽成長を徹底的に加速▽業界トップ水準の組織能力を開発▽開発パイプラインの加速――の3本柱を掲げました。成長を加速させる製品には、アミロイドーシス治療薬「ビンダケル」、肺がん治療薬「ローブレナ」、肺炎球菌ワクチン「プレベナー20」などを挙げています。
現在、日本のビジネスは「オンコロジー」「ワクチン」「スペシャリティ・ケア」「インターナルメディスン・病院・抗ウイルス医薬品」の4事業部体制で、それぞれで患者貢献が特に大きい製品を「プライオリティ製品」に指定。ビンダケル、プレベナー、エルレフィオといった製品が該当し、優先順位を明確にして経営資源を集中させる戦略です。
営業体制については「多くの新薬で(売り上げの)拡大期にある」とし、効果的なフォーメーションをとる考えを示しています。同社はかつて、国内最大規模となる3000人超の営業戦力を擁していましたが、早期退職によってMR数は激減したと言われます。
ファイザー日本法人の五十嵐啓朗社長。東京大法学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループで経営コンサルタントとして勤務。2012年にバイエル薬品に入社し、執行役員として事業部長を歴任。19年に米プライベートエクイティファームのKKRに移り、20~22年にKKRキャップストーンジャパンの社長を務めた。その後、MSDで副社長執行役員オンコロジー部門統括を務め、24年8月にファイザー日本法人にCOOとして入社。25年1月に社長に就任。
年2桁成長企図か
国内の開発パイプラインは、2月1日時点で申請中が3品目、臨床第3相(P3)試験が24品目。グローバルでは、申請段階に4品目、P3に30品目、P2に28品目あります。臨床開発では、日本も可能な限り早期から参加し、世界同時申請・承認の実現に取り組む考えです。五十嵐氏は、日本で必要とされる試験設計や臨床データ、剤形などを積極的に提案することで「グローバル開発を日本の視点で形づくっていく」と語りました。
新薬開発の重点は、がん、内科系疾患、ワクチン、炎症性・免疫疾患など6領域。このうちがんは、低分子に加えて抗体薬物複合体(ADC)や二重特異性抗体などにもモダリティを広げており、乳がん、血液がん、肺がん、泌尿器がんを中心に開発を進めます。
グローバルでは今後、ブロックバスターの数を現在の5製品から30年には8製品以上に増やし、がん領域のバイオ医薬品の割合も6%から65%に拡大する計画です。23年には米シージェンを買収してADCのパイプラインを強化。がん領域の売上高は米国3位まで浮上したといいます。
国内では今後、どのような成長曲線を描いているのでしょうか。五十嵐氏は具体的な売り上げ成長については明らかにしませんでしたが、グローバルでは同社製品を使用した患者らの数を23年の6億1800万人から27年に10億人まで増やすことを掲げています。この間の伸び率は60%を超えますが、五十嵐氏は「日本はグローバルの成長を牽引する」としており、年2桁増の青写真を描いているようです。
五十嵐氏は、米ファイザーにとって日本は「最重要市場の1つ」だとし、昨年、本社から成長のための追加投資を獲得したことを明らかにしました。ファイザー日本法人は、06年就任の岩崎博充氏、09年の梅田一郎氏、17年の原田明久氏、そして今回の五十嵐氏と4代続けて日本人が社長を務めています。外資大手の日本法人ではほかに例がなく、五十嵐氏は「日本市場を熟知した日本人社長がグローバルと連携して事業を成長させることができるのはファイザーの強み。その成果でさらなる投資を得たい」と意気込みました。