
MRの削減、医師の働き方改革、医療機関による訪問規制、デジタルの浸透、マルチチャネル・オムニチャネル化…。変化する製薬企業の営業・マーケティングの「今」を象徴する数字の背景を読み解き、「これから」を考えます。
医師とのエンゲージメント「対面」が占める割合は
▼Veeva フィールドトレンドレポート:
https://www.veeva.com/jp/pharma-biotech-field-trends/
特にコロナ禍以降、製薬企業から「MRが医師と会えなくなった」という話をよく聞くようになりました。確かにコロナ禍では多くの医療機関がMRの訪問を制限し、オンラインでのコミュニケーションが広がりました。
しかし、「ウィズコロナ」といった言葉が聞かれるようになったあたりから、医師への情報提供も対面への回帰が進んできました。Veevaのデータによると、2024年第3四半期のエンゲージメントに占める対面の割合は79%で、メール(17%)、電話(2%)、ビデオ(2%)といったその他のチャネルを大きく上回っています。こうした傾向は今後も続いていくのではないかと考えています。
Veevaの米国のデータを見てみると、医師とMR・MSLとの面談率は、新型コロナウイルスの感染拡大で一時落ち込んだあと徐々に回復し、22年第3四半期にはパンデミック前を上回るレベルまで上昇しましたが、24年第1四半期にはパンデミック前と同水準に戻りました。直近では、医師の半数が面談する企業を3社以下に限定しており、面談にかける時間も減少しています。
程度の差はあれ日本も状況は似ていて、かつてのように(気軽に)会えなくなっているのは間違いありません。医学知識の量は73日ごとに倍増しているとも言われ、治療が複雑化し、専門的な薬が増える中、医師は本当に必要な情報を届けてくれるMRとそうでないMRを選別しています。さらに日本では、昨年4月に「医師の働き方改革」が始まりました。医学情報は増大する一方、医師が製薬企業とのコミュニケーションに割ける時間は今後、減ることはあっても増えることはありません。MR同士あるいは他チャネルとの間のパイの奪い合いは激しくなります。会えるMRは会えるし、会えないMRは会えない、という構図は今後さらに強くなっていくでしょう。
MRはデータ活用の最前線に立っている
とはいえ、エンゲージメントの約8割を対面が占めるという事実は、依然として医師が対面での情報提供に一定の価値を感じていることの表れです。実際、医師からは「気になることがあれば『今度の面談で聞いてみよう』ということができるので、定期的にMRが訪問してくれるのはありがたい」といった話を聞きます。人の命や健康に関わるものなので、最終的には人と話した上で判断したいという心理もあるでしょう。こうしたニーズは、これからも変わらず存在し続けると考えます。
そうした中、製薬企業やMRが考えなければならないのは、1つ1つの面談の価値をいかに高めていくかということです。医師のペインポイントを捉え、医師が患者と向き合っているということを理解した上で、そこに対してきちんと情報提供していく姿勢が大切です。
シェアオブボイスを競っていた時代と比べると、1回の面談の重みは増しています。製薬企業やMRは、ロールプレイやデータの確認、インサイト分析など、面談の事前準備に十分な時間をかけるべきです。面談の機会は減ったとしても、個々の医師にかける時間は減らさず、1回1回の面談に重みをつけていくことが大事で、そのあたりを加味した担当地域の設計や活動量・リソースの計算が必要になってきています。単にディテーリング回数が減ったからといってMRを減らしていくというのが正しいとは必ずしも言えないように思えます。
対面が重要なエンゲージメントチャネルであるということは今後も変わらないと思います。しかし、それだけで医師のニーズに応えきれるわけではありません。面談のデータを正しく、可能な限りリアルタイムに蓄積し、次の面談に生かすことはもちろん、別チャネルでの情報提供につなげていくことが重要です。蓄積したデータは会社の資産となり、AIの活用にもつながっていきます。MRはその最前線に立っているということを理解する必要があります。
山下篤志(Veeva Japan コマーシャルストラテジー バイス・プレジデント)大学卒業後、システムエンジニアやITコンサルタントとしてヘルスケアなど様々な分野のプロジェクトに携わる。前職の製薬企業ではCRM導入プロジェクトをリードし、オムニチャネル促進にも尽力。製薬業界全体のDXに貢献したいとの思いから2022年にVeevaに入社し、製薬企業のコマーシャル部門の支援に取り組む。製薬業界とITの両分野に精通し、セミナー登壇やメディア寄稿も多数。 |