世界で毎年100万人以上の命を奪っている薬剤耐性(AMR)菌感染症。その死者はHIVやマラリアといったほかの感染症を上回り、公衆衛生にとって大きな脅威となっているにもかかわらず、収益性が低く新薬開発を行う企業は少なく、途上国を中心に治療薬が行き渡っていません。
こうした課題の改善に独自のパートナーシップモデルで取り組むのが、スイス・ジュネーブに本部を置く非営利団体Global Antibiotic Research and Development Partnership(GARDP、グローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ)です。来日したR&Dディレクターのシェイマス・オブライアン氏と、ビジネスディベロップメント&パートナーシップ・エンゲージメント ディレクターのヤン・フェリス氏に、活動について聞きました。
淋病治療薬は申請間近
――2016年の発足から8年ほど経ちます。現在の活動は。
シェイマス・オブライアン氏:AMRによる死者数は2050年までに世界で70%増加すると予想されています。すでに新生児では、AMRによる死亡が1990年から21年にかけて約30%増えました。この間、5歳以下の子供全体の死亡に大きな変化はありませんが、アフリカをはじめとする一部地域で薬剤耐性菌による感染が増えていることが、こうした状況を生んでいます。
今年9月に公表された最新の研究によると、新規抗菌薬が開発できれば1100万人、低・中所得国を中心とする抗菌薬へのアクセス改善が達成できれば5000万人の死亡を防げることが示唆されています。新薬開発はもちろん、アクセス改善の効果は特に大きい。GARDPは、アクセスをめぐる課題の解消と、特にグラム陰性菌感染症に対する新規抗菌薬の開発に力を入れています。
開発からアクセス改善まで一連の取り組みを進めているのが、薬剤耐性淋病に対するゾリフロダシンのプロジェクトで、目下、申請パッケージの準備を進めているところです。非営利団体として申請間近までたどり着いているのは初めてのケースだと自負しています。
――ゾリフロダシンについては、臨床第3相(P3)試験で標準治療のセフトリアキソン・アジスロマイシン併用療法に対する非劣勢を示し、主要評価項目を達成したと昨年発表しました。
ヤン・フェリス氏:パートナーの米イノビバ・スペシャルティ・セラピューティクスは、この試験結果をもとに来年1~3月にも米国で申請を行う予定です。われわれはそれと並行して、タイと南アフリカでの申請に向けた準備を進めています。契約では、主要な高所得国ではイノビバが、低・中所得国を中心に約150カ国でGARDPが責任を負うことになっています。
タイと南アフリカはいずれもP3試験に参加していますが、南アフリカでは手続きが複雑なので、まずはタイでできる限り早く、米国から遅れることなく使用できるようにすることが目標です。
ゾリフロダシンは、淋病治療用の抗菌薬として数十年ぶりの新薬となるでしょう。淋病は直接死亡につながる疾患ではありません。しかし、このプロジェクトモデルをほかのプログラムに応用していけば、AMR関連死を減らすことにつながると考えています。
セフィデロコル、低・中所得国への供給は「2027年めどに」
――塩野義製薬ともセフィデロコルのアクセス拡大に向けて提携しています。22年に米CHAI(Clinton Health Access Initiative)を含む3者で契約を結びました。
フェリス:はい。塩野義とはライセンス契約も結んでいます。われわれが担当するのは低・中所得国135カ国。日本や米国、欧州などではすでに塩野義が承認を取得し、供給を行っています。
安定供給には製造コストを抑える必要があるため、低・中所得国向けにはインドで製造を行う方針で、23年に同国のオーキッド・ファーマと製造に関するサブライセンス契約を結びました。CHAIの支援の下で同社への技術移管を進めており、インドをはじめとする各国でできるだけ早く販売を開始したい。販売パートナーは選定中ですが、まずは27年までにインドで使用できるようにするのを1つのゴールとしています。
もちろん、アクセスを用意するだけでは不十分で、抗菌薬は適切な医療体制の中で適切な患者に使用していくことが重要です。国レベルとのパートナーとも協力し、徹底したスチュワードシップ・アプローチをとっていくことも必要になります。
塩野義とのプロジェクトは、われわれにとって重要です。なぜかというと、公衆衛生に対してインパクトを与えられるから。抗菌薬のキープレーヤーである塩野義と強固な信頼関係を結べることも大きな要素です。AMRは深刻な脅威となることが明らかなのに、関心は依然として低い。そんな中、製薬企業のCEOからAMR対策へのコミットメントが得られていること自体が、われわれにとって価値があります。パートナーシップモデルをワークさせ、取り組みの価値を示していくという意味でも非常に重要だと考えています。
――塩野義とは新生児敗血症治療薬の開発でも協力関係にあります。
フェリス:GARDPは現在、新生児の敗血症に対する新薬の開発に取り組んでおり、フロモキセフとホスホマイシンの併用、またはそれぞれとアミカシンの併用を評価する「NeoSep1試験」を進めています。フロモキセフは日本では「フルマリン」の製品名で塩野義が販売する抗菌薬で、セフィデロコルでパートナーを組む前から同薬では協力関係にありました。
NeoSep1試験は2つのパートで構成されています。パート1は23年にケニアと南アフリカで開始し、すでに安全性評価を終えました。年末までに、アフリカ8施設とアジア7施設でメインパートの試験を開始する方針で、約3000人の乳児を登録する予定です。3剤の中での組み合わせのほか、7つの既存の抗生物質療法を比較し、28年までに有望な治療レジメンを1つ以上特定することを目標としています。
来日したGARDPのヤン・フェリス氏(左)とシェイマス・オブライアン氏
――AMR対策で日本に何を期待しますか。
フェリス:GARDPは2020年から日本政府による資金の拠出を受けています。製薬企業では、塩野義との提携に加え、第一三共やエーザイ、武田薬品工業、田辺三菱製薬、住友ファーマといった企業に化合物ライブラリを提供してもらっています。国立国際医療研究センター(NCGM)とも臨床試験ネットワークの構築で提携していますし、企業以外とのコラボレーションも増えています。
今回(10月)の来日でも、MeijiSeikaファルマやAMED(日本医療研究開発機構)とも話す機会を設けました。MeijiSeikaファルマはβ-ラクタマーゼ阻害薬nacubactamのP3試験を進めており、われわれは同薬がGARDPの戦略に合致するかどうかなどを独自に見ている段階です。
オブライアン:AMR対策は、グローバルヘルスの課題であると同時に、日本国内の課題でもあります。その両方にシナジーを生めるパートナーと、長期的なビジョンを共有しながら連携していきたいです。
フェリス:ただ、パートナーの数が多ければ良いというものではありません。何よりも重要なのは、関係の質。抗菌薬をポートフォリオに持つ企業は少ないので、より強固な信頼関係を構築していけることを期待します。