デジタルトランスフォーメーション(DX)で先進的な取り組みを進める中外製薬。生成AIの活用にも力を入れており、対話型AIアプリを自社開発するなど全社的な活用の基盤と環境を整備。具体的な成果も出始めているといいます。同社DX部門のトップが語った、生成AIを活用するための6つのカギとは。
マルチクラウド×マルチAIの対話型生成AIを自社構築
「生成AIは人間のパートナー。生成AIを使って人を減らしたいということではなく、人と組織の可能性を解放し、医療の未来を切り開き、人々に新たな可能性を届ける」。中外製薬の鈴木貴雄・デジタルトランスフォーメーションユニット長は、アマゾンウェブサービスジャパン(AWSジャパン)が先月開いたメディア向け説明会で、同社の生成AI活用の方針をこう説明しました。
生成AIの全社的な活用を推進するため、同社はセンターオブエクセレンスとして「生成AIタスクフォース」を設置。この組織が中心となって各部門への生成AI導入をサポートするとともに、活用のための基盤構築と環境整備に取り組んでいます。
中外製薬の鈴木貴雄デジタルトランスフォーメーションユニット長
1000人が日常的に利用
全社的な生成AI活用の中核を担うのが、自社で構築した対話型の生成AIアシスト「Chugai AI Assistant」です。マルチクラウドのもとで、用途にあわせて6種類のAIモデルを選択できるのが特徴。アイデアの壁打ち、情報の検索・抽出、文書の要約といった場面で活用されており、7000人を超える社員のうち5000人以上がアクセスし、1000人以上が日常的に利用しているといいます。
社員が安心して活用できるようにするため、社内向けのガイドラインも策定しました。策定にあたっては▽知財・著作権侵害▽個人情報・機密データの漏洩▽信頼性の欠如▽偏ったアウトプット▽目的外利用▽シャドーAI――の6つのリスクを特定。今年8月に暫定版を一旦最終化しましたが、規制の動向や技術、ユースケースの変化にあわせて随時見直していく姿勢です。
「業務効率化だけでなく価値創造に注目」
具体的な成果も出始めています。たとえば、提出した治験計画届に対する当局からの照会への対応では、照会内容を入力すると生成AIが過去の当局とのやりとりを参照して回答案のドラフトを作成。約57%の業務削減効果を得ました。プロジェクトの課題に対して過去の類似事例や知見を検索する際にも役立っており、過去資料の場所や知見を持つ人物を効率的かつ迅速に特定できるようになった結果、約87%の業務削減を達成しています。
ただ、鈴木氏は「個別のユースケースで『何パーセント削減しました』『何時間削減しました』というのは価値あることだが、それだけではビジネスの変革はできない」と指摘。「それらを線つなぎ、さらには束にしていく。そうすることによって、たとえば臨床試験の期間を大幅に短縮できるかもしれない。われわれはそうした視点で生成AIをどう適用するか、どの領域にどういう優先順位でやるかということを考えている」と話しました。
線でつないで束にしていくには、もととなる点のユースケースを集めていくことが必要になります。中外では社員からボトムアップでアイデアやユースケースを募っており、数カ月で約900件集まりました(8月時点)。現在、このうち29件がPoC中または実施済みで、14件は本番開発中または本番開発完了となっています。鈴木氏は「実現しないアイデアもたくさんあるが、それにも大きな価値がある。われわれは生成AIを民主化して、より多くの社員が使えるようにしていく」と強調しました。
開発の機敏性と柔軟性を確保するため、アジャイル開発と内製化を重視して生成AIの導入を進める中外。これまでの経験から得た学びとして鈴木氏は、生成AIの活用には
▽業務効率化だけなく価値創造に注目
▽全社で活用していくためのチェンジマネジメント
▽マネジメントが活用をエンカレッジ
▽マネジメントがインパクトを正しく認識
▽リスクをコントロールしつつ自社経験を積み重ねる
▽最新技術・規制を適切に把握し、社内の施策に反映
――の6つがカギになると指摘。「特に価値創造に注目すること。生成AIは効率化のために使う人が多いが、われわれとしては価値創造にこだわる」と話しました。
中外は今後、業務特化型のAIエージェントを開発するなどして、生成AIの活用を加速させていく方針です。