(写真:ロイター)
ノボノルディスクファーマの「ウゴービ」に続く肥満症治療薬の参入が迫っています。日本イーライリリーの「ゼップバウンド」で、来月2日に開かれる厚生労働省の部会で承認の可否が審議される予定です。部会を通過すれば来年、市場に登場する見通しで、2剤による競争が始まります。
ゼップバウンド、海外でブロックバスター
ゼップバウンドは、チルゼパチドを有効成分とするGIP/GLP-1受容体作動薬。チルゼパチドは2023年4月から糖尿病治療薬「マンジャロ」として販売されています。
ゼップバウンドは先行するウゴービと同様に、処方できる患者に制限が設けられ、厳格な管理の下で使用されることになりそうです。対象となる患者は「BMI27以上で2つ以上に肥満に関連する健康障害がある」または「BMI35以上」に限定され、薬価収載時には対象患者や投与できる医師・医療機関の要件などを定めた「最適使用推進ガイドライン」も策定される見通しです。
同一成分のマンジャロは、糖尿病治療薬市場で想定を上回る売り上げ成長を見せています。世界的な需要の急増で昨年4月の発売当初から限定出荷が続いていましたが、すべての規格で通常出荷となった今年6月以降、普及が加速。販売を担う田辺三菱製薬の7~9月期の売上収益は薬価ベースで81億円(前四半期比69%増)に膨らみました。年間では300億円を超えるペースで、薬価収載時のピーク時売上高予想367億円(発売10年度)を超えるのは時間の問題と言えそうです。
メディカル・データ・ビジョン(MDV)が380施設を対象に集計した処方患者分析によると、マンジャロは今年9月時点で「オゼンピック」(ノボノルディスク)を抜き、経口の「リベルサス」(同)に次ぐGLP-1製剤2位に浮上。ゼップバウンドに対する潜在需要の高さを示すものといえそうです。
昨年11月に米国で承認を取得したゼップバウンドは、海外で飛躍的に売り上げを伸ばしています。米イーライリリーの決算によると、今年1~3月期に5.2億ドル、4~6月期に12.4億ドル、7~9月期に12.6億ドルを売り上げ、第3四半期までの累計で30.2億ドル(約4650億円)に達しています。
ウゴービ「実臨床でも治験と同等の減量効果」
一方、先行するウゴービは今年2月に日本で発売。投与にあたって6カ月間の食事・栄養指導が必要なこともあり、MDVの分析によると9月までに処方実績が上がったのは32施設と極めて遅い立ち上がりとなっています。投与患者数は同月時点でようやく100人を突破しました。グローバル売上高は今年第3四半期までの累計で384億デンマーク・クローネ(約8300億円)に上っており、日本国内でも急速に処方が拡大するか注目されています。
10月に横浜市で開かれた日本肥満学会・日本肥満症治療学会では、千葉大附属病院の横手幸太郎院長(同大学長)が、同病院の肥満症外来でウゴービを処方した患者について実臨床での効果を分析した結果を発表しました。
分析対象としたのは、今年2月22日~10月8日に診察した患者37人(男性13人、女性24人)で、平均年齢は43歳、平均BMIは43.2。外科治療で十分な効果が得られなかったり、リバンウンドしたりした患者も6例含まれています。こうした患者にウゴービを投与したところ、最大用量の2.4mgを投与した18人が8%の減量を達成しました。
日本人を中心に行われたウゴービの国際共同臨床第3相試験(STEP6)では、投与68週時点で5%以上体重が減少したのはウゴービ投与群の8割、10%以上の減少は6割でした。横手氏は、実臨床で症例を分析した結果として「減量効果はSTEP6試験と同等」だとし▽性別や投与前のBMIと減量度に相関関係は認められない▽年齢が高いほど有効な可能性はあるものの、有意とまでは言えない▽糖尿病のない患者で有意に減量度が高い――といった見解を示しました。管理栄養士による患者への聞き取りでは、食事の量が減るとともに、間食をしなくなるなど食べ物に対して執着・渇望することがなくなったことが報告されたといいます。
専門医「医学的には歓迎も、欧米と同じようになる必要があるか」
横手氏は個別の症例として、肥満による膝の痛みで休職していた36歳の男性患者が治療によって社会復帰した例を紹介しました。
この患者の治療開始時のBMIは39、最大体重は101kg。血圧が高く、脂質異常症や脂肪肝があり、高度肥満によって膝関節症が悪化していました。空腹感が強く、社会的・自己的スティグマ(差別や偏見)もあって改善方法がありませんでしたが、ウゴービ投与後は体重が70kg台まで減少。HbA1c値に大きな変化はないものの、脂肪肝が改善し、中性脂肪も低下しました。膝の痛みも軽減され、外出できるようになったことで社会復帰を果たしたといい、こうした生活の変化にもウゴービは貢献しているようです。
1年前、2030年に1000億ドル規模になると言われていた世界の肥満症治療薬市場は、今年春には1500億ドル、さらに直近では2000億ドルまで拡大する可能性があると指摘されています。大手を含め多くの製薬企業が開発に参入し、経口GLP-1受容体作動薬オルフォルグリプロンなど複数の新薬候補が後期臨床試験の段階に控えていることから、市場予測が引き上げられています。
ただ、医療保険財政との関係は無視できません。横手氏は「肥満に対する治療選択肢が広がることは医学的には歓迎すべき」としつつ、「欧米と同じ『肥満狂騒曲』のようになる必要があるのかどうか」と話します。ゼップバウンドとウゴービは、厳格なしばりの中で患者ニーズと薬物治療をどのようにマッチさせていくかが1つの焦点になりそうです。