ギリアド・サイエンシズの抗HIV薬「ツルバダ」が、8月に国内初となる曝露前予防(PrEP)の適応を取得しました。適切に服用すれば99%以上の確率で感染を防ぐことができる一方、予防医療のため保険適用されておらず、専門医や患者団体は「何らかの公的な助成が必要」と訴えます。
米国承認から10年以上遅れ
抗HIV薬によるPrEP(=Pre-exposure prophylaxis、プレップ)は、海外では10年ほど前から普及が進んでいます。ツルバダの場合、2012年に米国で初めてPrEPの適応が承認。16年には欧州でも承認を取得し、その後、中国、台湾、韓国などアジア諸国でも承認されました。WHO(世界保健機関)も2015年のガイドラインで、HIV感染リスクの高い人にPrEPを推奨しています。
一方、日本では、18年と21年に日本エイズ学会が予防への適応拡大に関する要望書を厚生労働省に提出。23年8月に同省の「未承認薬・適応外薬検討会議」で医療上の必要性が高いと判断され、国がギリアドに開発を要請しました。これを受けてギリアドは今年2月に公知申請を実施。米国から10年以上遅れて、今年8月に承認されました。
ギリアド日本法人のケネット・ブライスティング社長は、先月開いたメディア向けの説明会で「時間がかったが重要なマイルストンを達成した」と強調。国連合同エイズ計画は2030年までのエイズ流行終結を目標に掲げており、ブライスティング氏は「PrEPがなければ30年までに日本で流行を終結させることはできない。承認は最初の一歩に過ぎないが、重要なステップだ」と話しました。
厚労省のエイズ動向委員会によると、国内の新規HIV感染者・エイズ患者の報告数は16年から22年にかけて減少が続いていましたが、23年は7年ぶりに増加し、960人(感染者669人・患者291人)となりました。同委員会は、新型コロナウイルス感染症流行の影響で減少していた検査件数が回復してきたことが背景にあるとみています。
「治療とPrEP、新規感染者ゼロへの両輪」
PrEPの適応では、1日1回1錠を毎日投与。アドヒアランスが良好なら、HIV感染を99%以上予防することができます。
HIVに感染しても、抗HIV薬を服用して血中のウイルス量が検出限界未満になっていれば他人に感染させることはありません(Undetectable equals untransmittable、「U=U」)。ギリアドの説明会で講演した国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センターの岡慎一・名誉センター長は、感染者への治療と感染リスクの高い人に対するPrEPが「新規感染者ゼロへの両輪になる」と話しました。
ただし、PrEPだけでHIV感染を完全に防げるとは限りません。岡氏は「検査なくして予防なし」とし、「PrEPは薬を出して終わりではなく、検査とパッケージで行うことが重要」と指摘。添付文書でも、ほかの予防手段(コンドームの使用、パートナーの感染状態の把握、性感染症の定期的な検査など)とあわせて使用することや、予防目的で服用している間は少なくとも3カ月ごとにHIV検査を行うことを求めています。
国内ではこれまでPrEPが承認されていなかったため、希望する人は薬剤を個人輸入したり、輸入したクリニックで処方したりしてもらう必要がありました。厚労省の研究班が21年に男性同性愛者ら6000人超を対象に行ったアンケート調査によると、PrEPの利用者は18年調査の2.2%から8.8%に増加。利用者の約8割が国内外のインターネットサイトで薬剤を入手しており、半数は必要な検査を定期的に受けていませんでした。
岡氏は「PrEPが承認された最も大きな意義は、情報を幅広く伝達できることだ。地方の保健所やクリニックでも正しい情報を提供できるようになり、情報格差を解消することができる」と話しました。
「持続可能な費用で賄えること重要」
一方、課題となるのが費用です。PrEPは予防目的のため、公的医療保険は適用されません。ツルバダの薬価は1錠2442.40円。保険適用外のため実際の価格は医療機関が設定しますが、仮にこの価格で購入するとなると1カ月(30日間)で7万円以上の負担となります。岡氏は「持続可能な費用で賄えることが重要だ。若者が手に取れるようにするにはどうしたらいいか、十分考えていく必要がある」と指摘します。
前出の厚労省研究班のアンケート調査によると、「PrEPの薬が日本で入手可能になったら、あなたは使いたいですか」との質問に対して68.5%が「とても使いたい」「まあ使いたい」と回答。一方、「PrEPに対して1カ月で最大いくらまでなら払うか」との質問には、55.6%が「2500円未満」「2500円以上5000円未満」と答え、「5000円以上1万円未満」を含めると89.4%を占めました。
HIV陽性者らに対する支援活動を行う認定NPO法人「ぷれいす東京」の生島嗣代表は、ギリアドの説明会で「さまざまな人がPrEPという予防策を選べるようになるためには、皆が利用しやすい価格にすることが重要」と指摘。価格が高すぎると、オンラインで薬を入手して必要な検査なしに服用する人が増えることが懸念されると話しました。自身のHIV感染を知らずに自己判断でPrEPを行うことは、薬剤耐性ウイルスの出現を招くリスクもあります。
ぷれいす東京など6つの患者・支援者団体で構成するHIV/エイズ啓発活動コンソーシアム「GAP6」は8月、厚生労働省に要望書を提出し、PrEPの保険適用や公費助成を求めました。
HIV感染者1人あたりの生涯医療費は1億円と言われており、岡氏は「PrEPで感染者が減ればコストセーブになる」と強調。ギリアドのブライスティング社長は「保険償還や助成金など、幅広いアクセスを確保する仕組みが必要だ。コニュニティ、政府、企業が協力し、解決策を探していかなければならない」と話しました。