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iPS細胞で見出したALS治療薬、2020年代後半に実用化―ケイファーマ・福島弘明社長|ベンチャー巡訪記

更新日

亀田真由

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

今回訪ねたケイファーマは、iPS細胞を活用して中枢神経領域の新薬を開発する慶応義塾大医学部発ベンチャー。iPS創薬で見出した筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬候補ロピニロール塩酸塩の開発を進めるとともに、脊髄損傷患者に対するiPS細胞由来神経前駆細胞の移植治療の実用化に取り組んでいます。

 

福島弘明(ふくしま・こうめい)1988年、エーザイに入社。26年間、研究開発や人事などに従事する。2014年に慶応義塾大医学部に非常勤講師として移り、翌年から慶応義塾大医学部特任准教授。16年にケイファーマ設立。23年10月に東証グロース市場に上場。学術博士。経営学修士。

 

「神経の再生」を追いかけて

――創業の経緯を教えてください。

ケイファーマは、脳・神経領域の研究者である岡野栄之氏と、整形外科学を専門とする中村雅也氏という2人の慶応大医学部の教授とともに2016年に創業した会社です。2人は20年以上、共同研究を行っていて、私はエーザイにいたころから彼らと関わりがありました。特に岡野先生とは、歳が近いこともあってよく飲みに行っていました。

 

岡野先生は、神経領域で長らく定説とされていた「神経は再生しない」という常識を覆した人物です。30代のころ、ショウジョウバエの遺伝学研究で神経幹細胞のマーカーである新規機能分子「musashi」を発見し、さらにそれがヒトの脳や神経にも発現することを突き止めた。つまり、成人の脳にも神経幹細胞が存在し、神経が再生する可能性があると明らかにしたんです。ケイファーマの事業も彼の挑戦が起点になっています。

 

一方で私は、製薬企業に長年いて、大学と企業のオープンイノベーションを推進してもなかなか薬にならない現実があることを感じていました。大学側は研究成果の社会実装よりもペーパーを書いて実績を作りたいと考えますし、製薬会社も当時は患者が少ない難治性疾患よりもインカムの見込める疾患に取り組むことを優先していた。それは仕方のないことではありますが、私は薬を必要とする患者さんがいるならより有効な薬剤を早く提供する方法を考えたかった。そこで、私自身が大学に移籍し、大学発ベンチャーを立ち上げるのがいいんじゃないかと思ったんです。それを岡野先生に話したら、「ネタはたくさんあるぞ」と。それで2014年にエーザイを辞めて、彼の研究室に転がり込みました。

 

――創業時からiPS創薬と再生医療事業の2本柱で進めています。

本当にネタがたくさんあって、1年半くらいかけて何をケイファーマの事業にするか話し合いました。葛藤が大きかったのは、「創薬」と「再生医療」のどちらに絞るか。今のリードパイプラインであるALS治療薬(当時は化合物の最終候補選定段階)と、岡野先生と中村先生が挑む脊髄損傷に対する神経再生。どちらも「世界初」の冠がつくテーマでした。

 

再生医療ベンチャーはテーマを1本に絞っているところが多いですし、投資する側もそういうものだと言います。しかし、脊髄損傷のほうは実用化までに時間も費用もかかるため、再生医療1本で行くよりiPS創薬事業も走らせた方がいいと考え、両方を事業の柱にすることにしました。創業から8年経ちますが、この戦略で良かったと思っています。

 

いずれのテーマも、コアの技術はiPS細胞をさまざまな神経細胞に分化誘導させる技術です。すでに疾患特異的な細胞を作製する手法を確立しており、たとえばALSには運動ニューロン、ハンチントン病(HD)には中型有棘ニューロン、前頭側頭型認知症(FTD)には前頭葉ニューロンを作製します。iPS創薬事業は、こうした疾患特異的細胞を使って化合物のスクリーニングや疾患の原因解明を行うものです。

 

一方、再生医療事業では、ドナー由来のiPS細胞から分化誘導した神経前駆細胞を患者に投与し、神経の再生を図ります。

 

ALS治療薬はP3準備中

――iPS創薬では、パーキンソン病薬として使われているロピニロール塩酸塩がALSに有効である可能性を見出しました。

患者由来のiPS細胞はたしかに初期化できますが、運動神経に分化誘導すると、健康なヒトのiPS細胞由来の運動神経と異なるキャラクターが現れてきます。ヒトでは数十年かけて進む神経変性疾患の発症を数カ月に圧縮して再現することもできます。

 

たとえば、家族性ALSの患者iPS細胞由来の運動ニューロンは、神経突起伸長が培養開始から40日を境に停止して退縮に転じ、60日後には神経突起がほとんどなくなってしまいます。一方、健常人由来の運動ニューロンは60日後まで安定的に神経突起伸長が続く。既存の化合物のライブラリーから化合物を1つずつアッセイし、この違いを埋める化合物を探していきました。血液脳関門(BBB)の通過性なども検討しながら3次スクリーニングを経て見出されたのがパーキンソン病治療薬として知られるロピニロール塩酸塩で、「KP2011」という開発コードをつけて開発を進めています。

 

医薬品として承認済みで、物質特許の有効期間を過ぎた医薬品を集めた化合物ライブラリーを用いたスクリーニングによるアプローチなら、開発にかかる期間と費用を半分以下にできると考えています。化合物によっては疾患動物モデルでの薬理評価が不要になる場合があることも強みです。ロピニロールに続くパイプラインとしては、HDとFTDでも候補化合物の選定と特許申請を終えています。現在、P1/2試験の準備を進めながら、提携先を探しているところです。

 

――KP2011は昨年、国内の開発・販売権をアルフレッサファーマに導出しました。

ロピニロールは2018年から医師主導第1/2相(P1/2)試験を行い、安全性と忍容性、有効性を確認しました。現在、国内では提携先のアルフレッサファーマとP3試験の準備を進めていて、20年代後半の実用化を目指しています。承認取得後の製造販売も同社が行う予定です。

 

海外ではカナダや欧州、インドなどで用途特許を登録済みで、米国と中国では特許審査中です。現在は国内外のパートナー候補数社とディスカッションを進めており、近いうちに契約まで持ち込みたいと考えています。海外も含めれば、ALSの市場規模は1兆円以上。この市場をまず開拓し、得た資金を再生医療の開発に投入していこうと計画しています。

 

 

脊髄損傷向け再生医療、30年代前半の実用化を目指す

――再生医療の開発状況はいかがですか。

再生医療事業のリードパイプラインは、亜急性期脊髄損傷に対する「KP8011」です。22年11月から医師主導P1/2試験を行っています。被験者は最大4例で、CiRA(京都大iPS細胞研究所)から提供を受けたiPS細胞を神経前駆細胞に分化誘導し、受傷から2~4週間後(亜急性期)の患者に移植。その後約1年間、経過を観察します。新型コロナの流行もあって3年かかりましたが、間もなく試験を終えるところまで来ています。

 

亜急性期としているのは、細胞が最も生着しやすい時期だからです。脊髄損傷はラグビーをはじめとするスポーツや交通事故などで傷を受けて起こるものですが、受傷直後は炎症作用が強く、患部に免疫系の細胞が集まっているので細胞が生着しがたい。2週間ほど経てば炎症が落ち着いてくるため、この時に細胞を移植することで脊髄の機能回復を狙います。移植は少ない細胞量で済みますし、移植前に、移植細胞をNotchシグナル阻害薬で処理することで神経幹細胞の分化誘導促進、あるいは腫瘍化リスク低減に対応しています。

 

現在はCDMOの選定も進めながら、当社で来年~再来年の企業治験開始に向けて準備を進めているところです。条件付き早期承認制度の活用を考えており、現在のペースからいうと30年代前半の承認取得を見込んでいます。グローバル開発も狙うとなると数百億円規模の費用が必要になるので、国内外の大手製薬と提携に向けた情報交換を進めているところです。

 

――2つの開発品の後にもパイプラインが控えています。

設立当初のパイプラインは、ALSに対するKP2011と脊髄損傷に対するKP8011のみでした。両事業とも、5年をかけてテーマを増やしてきました。

 

再生医療の後続パイプラインとしては、慢性期脊髄損傷を対象としたものがあります。日本には、亜急性期の患者が約5000人、慢性期の患者が約15万人います。ただ、慢性期は傷口が癒えて硬くなっており、なかなか細胞が定着しにくい。そこで、LOTUS1遺伝子(LOTUS=神経束を形成する因子として機能する膜タンパク)を導入して強化したiPS細胞を使って開発を進めています。このほか、慢性期脳梗塞に対するパイプラインを大阪医療センターと共同で開発していますし、慢性期脳出血や慢性期外傷性脳損傷も治験に向けて進めています。

 

――今後の展望について教えてください。

まずは、創業時から取り組むALSと脊髄損傷の2つのパイプラインの実用化。そして世界展開。HDやFTDなどの後続パイプラインもALSと同様に各国で用途特許を登録していきますので、アジアやアフリカを含めて世界中に届けるつもりです。また、希少疾患を入り口にして、より患者数の多い疾患に展開していくことも考えています。実際、iPS創薬ではアルツハイマー病の一部といわれる那須ハコラ病に対する研究を進めており、これを切り口にアルツハイマー病にも展開していきたい。パイプラインは継続して強化し、いまの2倍くらいには増やしたいですね。

 

さらに言うと、iPS創薬と再生医療の2本柱に加え、新たなモダリティにも挑戦したいと思っています。そのために現在、米国にラボを開設する準備を進めています。ボストンかケンブリッジにラボを構えて情報収集を行うとともに、マサチューセッツ工科大(MIT)の客員教授を務める岡野先生の人脈もフル活用し、新たな技術を取り込みたい。体力があればバイオベンチャーの買収も視野に入れますが、まずは研究段階から当たっていくつもりです。5年、10年かけて新たなことにもチャレンジしていきます。

 

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