ちょうど1カ月ほど前、国内の製薬企業が相次いでリストラを発表しました。7月末~8月上旬の10日ほどの間に5社とあまりに続いたので、衝撃を受けた人も多かったのではないでしょうか。(各社の早期退職者募集についてはAnswersNewsのこちらの記事にまとめられています→「住友ファーマ、田辺三菱、協和キリン、武田薬品…国内製薬 早期退職募集相次ぐ」)
特に私がショックを受けたのは、協和キリンの発表です。同社は全社的な方針として、「先進的抗体技術」と「造血幹細胞遺伝子治療」の2つのモダリティに注力する一方、低分子の創薬研究と関連するCMC研究と品質関連業務を縮小する方針を明らかにしました。十数年来、低分子創薬に関わってきたケミストの私としては、日本の得意分野と言われた低分子創薬の歴史に大きな変化が訪れたことを感じざるを得ませんでした。
報道によると、武田薬品工業も米国サンディエゴの研究所を閉鎖するそうです。この研究所は武田薬品にとって低分子創薬の大きな拠点の1つでした。2つの会社からほぼ同じタイミングで低分子創薬研究の終わりを宣告されたようで、ケミストとしては暗澹たる気持ちになりました。
近年、製薬各社で行われてきた人員整理は、主にMRをターゲットにしたものでした。コロナ禍で医薬品の情報提供のあり方は大きく変わり、医療従事者の意識もMRの働き方も変化しました。同様に、協和キリンや武田薬品の動きも、創薬研究部門のあり方やそれに対する会社の意識の変化を反映したものであると感じます。
製薬業界では、有望な新薬候補や創薬技術を持つベンチャー企業の買収が活発です。たとえば、小野薬品工業は今年、がん領域で新薬開発を行う米デシフェラを買収し、米国でさらなるM&Aを模索していると伝えられています。ほかにも、大塚製薬による米ジュナナ、旭化成によるスウェーデン・カリディタス、アステラス製薬による米アイベリックなど、最近発表されているだけでもさまざまな事例があります。
新薬メーカーにとってパテントクリフは宿命です。乗り越えていくには新製品を継続的に発売していかなくてはなりませんし、その背景となる技術や知見を蓄え、磨いていく必要があります。新製品候補にせよ技術や知見にせよ、これらは製薬企業にとって競争力の源泉です。必要なものが社内にないのなら、外から買ってでも獲得します。創薬の主体がベンチャーに移り、研究プロセスの一部(または全部)を外部に委託することが一般的となる中、こうした傾向は強くなってきています。社内だろうが社外だろうが、製薬企業としては必要なものを提供してくれるならどちらでも構わないのです。
逆に言えば、自社にとって重要でない/競争力を生んでいないものは、その存続の是非が問われるということです。新薬開発にかかるコストは上昇しています。競争力を確保しようとすれば、投資対象の絞り込みは不可避です。自社にとって重要でないものを抱えている余裕はなく、やめるなり切り離すなりしないと一定の規模を持つ新薬メーカーとしては生き残っていけない時代になっています。協和キリンの方針にもそのような背景があったのではと推察します。
創薬研究者はどこへ行く
こうした状況で、企業の創薬研究者はこの先、どう活躍し、どう生き残っていけばいいのでしょうか。
昨今の業界全体の動きをもとに、製薬企業にとっての研究部門(社内外問わず)の役割を整理すると(1)全社の経営方針や注力分野に関する方針の検討・決定に関与する、(2)新規の研究成果を生み出す、(3)技術を提供する、という3つの分類ができるように思います。
(1)はさておき、まずは(2)について考えます。具体的に言うと、新たな技術や創薬ターゲットを見出し、特定の疾患に対する治療法を提案する機能で、「バイオベンチャー機能」と呼んでもいいかもしれません。フットワーク軽く新しいことに挑戦する能力と意欲が求められ、アカデミアとの相性も良さそうです。日本政府は国策としてバイオベンチャーを増やし、育てようとしています。安心して働けるバイオベンチャーがあれば、研究者のキャリアの選択肢は広がるでしょう。
政府は、基礎研究から治験薬の製造、臨床試験までを一体的に行うことができる拠点を整備し、海外のスタートアップも呼び込んで日本での新薬開発を活発化させることを目指していると伝えられています。その是非はさておき、実現すれば外資スタートアップの日本拠点で働くという選択肢も出てきます。
ただ、大手製薬企業で働く研究者にとって、バイオベンチャーに身を移すという決断をするのはなかなかハードルが高いと思います。働き方や待遇も含め、バイオベンチャーに所属するというキャリアについてもっと広く認知される必要があると感じます。
一方、バイオベンチャー機能から研究成果を受け取る製薬企業には、それが妥当なものなのか、自社にとって本当に有用なものなのかを見極めるための「目利き力」が必要です。先の分類では(1)に含まれると思いますが、ここでも研究者の能力や専門性は生かせるのではないかと期待します。
最後に(3)について考えます。
協和キリンは今回、早期退職という形をとりましたが、武田薬品が過去に行ったように、特定の部署や機能をカーブアウトし、ベンチャー企業やテック企業として独立させることも考えられます。代表例が、武田薬品の研究機能をカーブアウトし、創薬支援企業として設立されたAxcelead Drug Discovery Partnersです。
帝人は、Axcelead Drug Discovery Partnersの親会社であるアクセリードと創薬支援の合弁会社を設立し、研究機能の一部を合弁会社に移しました。研究の外部委託が当たり前になる中、CRO・CRDMOが研究者の活躍の場として広がっていくかもしれません。
アクセリードは以前、研究者を5000人まで増やすという野心的な目標を掲げたことで話題になりました。アクセリードの経営陣は今のような状況を予想できていたのでしょう。
新薬開発のプレイヤーは、少数の大手メーカーと多数のバイオベンチャー、そして大規模なCRO企業で構成されるようになる――。こんな将来予測は以前から囁かれているわけですが、それがいよいよ現実味を帯びてきているように感じます。
これから先、どんな企業でどんな活動をしていたいのか。今いる会社や部署で大きな変化があった時にどう動くのか。一度きちんと考えておくべき時期が来ているように思います。他人事だと思っていると、突然大きな決断を迫られることになるかもしれません。
ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Xやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。 X:@chemordie ブログ:http://chemdie.net/ |