今年3月、文部科学省から「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」なるものが発表されました。
ご覧になった人も多いかと思いますが、内容をかいつまむと「博士人材は、深い専門知識と課題発見・解決能力などの汎用的能力に基づき、新たな知を創造し、活用することで、社会の変革、学術の発展、国際的ネットワークの構築を主導し、社会全体の成長・発展をけん引することができる重要な存在」だとし、博士課程への進学者の増加とキャリアパスの拡充を進めることで、2040年に人口100万人あたりの博士号取得者を20年度比で3倍にすることを目標に掲げています。
目標を達成できたとすると、40年には人口100万人あたりの博士号取得者は約370人となり、将来の推計人口とかけあわせると国内で4万1000人が博士号を取得する計算になります。
私のキャリアにも影響を与えた「ポスドク1万人計画」
非常に意欲的な目標だと思いますが、ここでどうしても思い出してしまうのが、1996~2000年度の5カ年計画として策定された「ポストドクター等1万人支援計画」(通称・ポスドク1万人計画)です。
ちょうどそのころ私は博士課程にいたので、ポスドク1万人計画のことはよく覚えていますし、後に書きますが私のキャリアもその影響を受けました。計画の結果は皆さんご存知の通り、ポスドクは増えたものの受け皿となる大学や研究機関のポストが足りず、雇用が不安定な若手研究者を大量に生んでしまいました。日本ではその後、20年以上にわたって博士号取得者の減少傾向が続いています。
なので、今回もまた「博士号取得者を3倍にする」という目標だけが独り歩きしてしまわないか、心配になってしまうんですよね。
振り返ると、私が博士号を取ったころも、アカデミアのポストはすごく少ないなと感じていました。正直に言うと、2006年ごろに米国でのポスドクを切り上げて日本に戻ってきたのは、次の研究機関で常勤ポストにつながる話があったからなんですが、結局それは流れてしまい、結果として私はアカデミアでの研究を諦めて今日に至ります。
活躍の下地を
今回の博士人材活躍プランでは、産業界に採用の拡大や処遇の改善を働きかけたり、文科省自身が博士人材の採用目標を設定したりといった動きもありますが、まだまだ受け皿は不足していると思います。博士人材を増やして産業を活性化させる流れも必要である一方、産業を活性化して博士人材が活躍できる下地を作っておかないと、ポスドク1万人計画の二の舞いになってしまいかねません。ポスドク1万人計画の時代とはいろんな面で違いがあるので、杞憂に終わるかもしれませんが…。
米国には、国が初期の段階からリスクをとってベンチャーを見つけて育て上げる「SBIR」(Small Business Innovation Research)という制度があります。このお陰でアカデミアから起業する流れができており、博士人材が活躍できる場面を充実させる一助にもなっているように思います。さらに米国では、NIH(国立衛生研究所)が研究者を確保するためにポスドクの給料を最低でも7万ドル(1ドル=150円換算で約1050万円)に引き上げると発表しました。このように、博士人材をしっかり活かそうとする国の姿勢が見えると、博士たちもすごく勇気づけられるのではないでしょうか。
冒頭に紹介した通り、文科省の今回のプランは博士人材を「社会全体の成長・発展をけん引することができる重要な存在」だとしています。私も本当にそう思います。人口減少を迎えた日本では、20年先、30年先の世界を見据えて知の水平線を広げつつそれを社会の成長や発展にどうつなげいくのか、議論と実装に向けた活動がさまざまなレイヤーでなされていなければならないと思っています。
私も博士人材の一人として、そうした活動には可能な限り関わっていきたいと思い、今回このような原稿を書きました。今回こそは上手くいくよう祈ります。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬ヘルスケアポリシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |