「黒坂さんも一度、医療の現場というものを見たほうがいいですよ」
年の瀬も迫った去年の12月、仕事帰りに一杯飲んで帰ろうと立ち寄った居酒屋で、同僚にこんなことを言われました。
その同僚はもともとMRをやっていて、営業から私が今いる部署(ヘルスケアポリシー部)に異動してきた人なのですが、彼いわく、
「昔の営業は今より患者さんに近かったから、医療の現場を五感で感じることができた。病に苦しむ患者さんの姿を見るのはある意味とても怖いことだったけど、同時に薬がないとどうなってしまうのかということを心底理解でき、自分の仕事の意義をしっかりと認識することができた。最近はそういう体験をする機会が減っており、製薬企業としては悩ましい」
また、業界の別の方からはこんな話も聞きました。
「最先端の医療はサイエンスの理解が重要になるけれども、実際の医療現場はサイエンスだけで動いているわけではなく、目の前の患者さん一人ひとりにとって何が大切かを理解し、それを実現できるようにしているわけで、それは泥臭いながらも意義のある世界が展開されているんですよ」
群盲象を評す
自身の仕事を振り返ってみると、前職と前々職は製薬企業にデータを使ったコンサルティングを提供する仕事で、それ以前はアカデミアや製薬企業で研究をやっていました。現在は、医薬品業界をとりまく様々な課題について、多様なステークホルダーと対話しながらその解決を図っていくという活動をしていますが、医療の現場を意識することはあまりありませんでした。
「群盲象を評す」という言葉があるように、実際に薬が使われる医療の現場を見ずして仕事をしている私は、「薬」や「医療」の限られた側面しか理解しておらず、そんな状態で活動しても本質にはたどり着けないのではないかと感じています。
実は以前、アカデミアから製薬企業の研究職に移ったときにも同じような感覚を抱いたことがあります。ある細胞製品を治験に進めるにあたって、CMC担当者として治験責任医師とのディスカッションに参加した時のことで、患者さんに近いところへ行かないと製品の立ち位置や意義を十分理解できないなと感じたことを覚えています。
医療の現場をこの目で見て、感じて、新しい視点を持てるようになりたいと思っていますが、なかなか簡単なことではありません。私を含め、多くの人にとっては、自分や家族が病気やケガをして入院するなどしない限り、つまりは当事者にならないと医療の現場を目の当たりにする機会はないからです。
そうした点で、先月27日放送のNHK「ETV特集 患者が医療を変える 〜肺がんサバイバーの挑戦〜」は私にとって有意義でした。まずは自分のできることとして、そうしたドキュメンタリーを見るなり、本を読むなり、患者さんや医療従事者に話を聞くなりして、少しでも医療の現場に近づく努力をしていきたいと思っています。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬ヘルスケアポリシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X(旧Twitter):@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |