1. Answers>
  2. AnswersNews>
  3. ニュース解説>
  4. 日本イーライリリーが「ヤングケアラー支援」に取り組む意味
ニュース解説

日本イーライリリーが「ヤングケアラー支援」に取り組む意味

更新日

亀田真由

大人に代わって家族の世話や家事を担う「ヤングケアラー」。近年、社会課題としての認識が広がる中、日本イーライリリーがその支援活動を行っています。勉強会やチャリティイベントなどを通じて当事者への理解を深めるとともに、子ども食堂や児童館などへの書籍の寄贈、支援団体への寄付といった活動を展開。支援団体や行政と連携し、当事者を取り巻く環境の改善に取り組んでいます。製薬企業であるリリーがなぜ、このような活動を行っているのでしょうか。

 

 

「ソーシャルインパクト創出」の一環

リリーがヤングケアラー支援活動を始めたのは2022年2月。活動はリリーがグローバルで展開する「ソーシャルインパクト創出」を目指した取り組みの一環です。ソーシャルインパクトとは、関わりのあるコミュニティに良い影響をもたらすことで、広報の川副祐樹さんは「医薬品開発だけでは『世界中の人々のより豊かな人生』というパーパスに貢献できない。ソーシャルインパクトの創出を目指す活動は、パーパスの実現に欠かせないピース」と話します。

 

これまでも、がん患者・家族によるアートコンテストや、円形脱毛症の疾患啓発プロジェクトなど、疾患領域ごとにさまざまな取り組みを行ってきましたが、ヤングケアラー支援は疾患にとらわれない象徴的な取り組みとなることを期待。今年で16年目を迎えたボランティア活動プログラムを通じて、社員の約3分の1が関わるまでに広がっています。

 

ヤングケアラー支援の中心となっているのは、営業、開発、製造など社内のさまざまな部門から集まった30人弱の有志社員。これら中核メンバーが旗振り役となり、今年は部署やチームごとに勉強会を開催し、子ども食堂や児童館など全国27施設への図書寄贈、支援団体への寄付などを行いました。

 

リリー社員が東京都港区の児童館に贈った図書

 

医薬品開発にも通じる「当事者を知ること」

新卒2年目で活動の中心メンバーを務める信頼性保証本部の与那嶺明さんは今年、活動の土台となる支援団体へのヒアリングを主導。話を聞く中で、調べているだけでは分からなかったヤングケアラーの姿が見えてきたと振り返ります。

 

「支援団体との対話で学んだことの1つは、進学や就職といった人生の分岐点で悩みを抱える当事者が多いことです。支援対象は中学生や高校生だけではないのだと強く印象に残りました。それから『ヤングケアラーはかわいそうな存在ではない』と教えてもらえたことも大きかった。取り組み方を考える時は必ずそれを指針にしてきました。ケアの経験やそれに伴う責任感はケアラーの大きな強みになるからです」(与那嶺さん)

 

情報技術部部長の北村陽子さんは、支援団体が運営する食堂を訪れた際、家族のケアで精一杯になっている子どもを気にかけ、家庭以外の場所に連れ出してくれる大人の存在がいかに当事者の助けになっているかを目の当たりにしました。

 

さらに印象深かったのは、普段はケアを受ける側の親や祖父母たちが、スタッフとして運営に参加する子どもの様子を見るために食堂に来ていたこと。2人の子どもを持つ北村さんにとって、いきいきと仕事をする子どもに目を細める親たちの姿は胸に迫るものがあったといいます。「ヤングケアラーだけでなく、その周りの人の気持ちにも寄り添った支援が求められるのだと、このとき気付きました」(北村さん)

 

「知っていれば、いざというときに手を差し伸べることができる」。支援活動に携わるようになってから、北村さんは自身の小学生の子どもともヤングケアラーの存在について話したといいます。支援の第一歩は当事者を知ることであり、それは、患者の困りごとやニーズを起点に考える医薬品開発にも通じます。

 

今年10月に行ったヤングケアラーの「ケアと就業」をテーマにした公開講座の様子(同社提供)

 

製薬企業だからできること

取り組みを進める中で、製薬企業だからこそできることも浮かび上がってきました。

 

中枢神経領域事業本部でMRとして働く阿部稔さんは「われわれに求められているのは、医療機関とのタッチポイントを生かすことです」と話します。病院や薬局は、家族の世話や家事に追われる当事者が社会とつながれる数少ない場所。特に、学校を卒業したケアラーにとっては、社会との接点が医療機関しかないというケースもありえます。そんな当事者に支援の存在を知らせ、支援団体と医療機関を橋渡しすることが、リリーに期待されている役割だと阿部さんは言います。

 

「医療従事者へのヒアリングを通してわかったのは、ヤングケアラーと接点を持つ医療者はまだ少ないということです。ヤングケアラーという言葉は知っていても、目の前にいる人がそうだと気付けない医療者も少なくないのだと思います。医療者からすれば、ケアラーは共に患者さんを支える存在であり、むしろケアをお願いしてしまうことだってありえる。医療者に理解を深めてもらうことは重要です。

 

一方で、実際にヤングケアラーと接したことのある医師は『経済的・精神的に負担がかかっていることが分かっていながら何もできず、歯がゆかった』と言っていました。直接何かできなくても、支援者につないでもらうだけで違っていたかもしれません。医療者ができることを増やす意味でも、われわれが役に立てるポイントがあると思っています」(阿部さん)

 

まずは来年以降、医療機関に支援団体や行政のチラシを置いてもらうといったアクションから進めていく考えです。北村さんが目にしたような、気にかけてくれる大人の存在を増やすことが、当事者を取り巻く環境改善には欠かせません。

 

仕事にも生きる経験

活動を通じて得た経験は、仕事にも生きています。

 

ファーマコビジランスを担当する与那嶺さんは、「取り組みを通じて、患者さんの生活に想像を働かせられるようになったと感じています。日々の業務で目にする患者さん・家族からの情報から読み取れることが増え、やりがいが増しました」と話します。MRからは「患者の生活背景に想像が及ぶようになったことで情報提供の幅が広がり、医師にも好意的に見てもらえている」といった声も聞かれ、広報の川副さんは「当初は目的として想定していませんでしたが、ヤングケアラー支援は患者さんの生活環境を知ることにつながり、それが仕事にも生きている」と言います。

 

情報技術部部長の北村さんは、管理職の視点から「病気の家族のケアを行っている部下との関わり方に変化が生まれました」と話します。「ヤングケアラーの思いを知ったことで『遠すぎず、近すぎず』の距離感を意識するようになりました。業務量の調整1つをとっても、『こうしてあげよう』という押し付けではなく、『本人がどうしたいか、どうしてほしいのか』にしっかり耳を傾けるようになりました」(北村さん)。

 

ヤングケアラーが置かれた環境は一人ひとり異なり、求める支援もさまざまです。「一番の変化は、ケアラーの多様な価値観を知ったことで、コミュニケーションに臨む姿勢が変わったことです」(阿部さん)。支援に参加するリリーの社員もまた、それぞれ違った意味を活動に見出しています。

 

来年以降は、医療機関への働きかけや団体・企業とのさらなる連携によって活動をより深めていく考えです。すでに、メディパルホールディングスなどと具体的な企画を進めているといいます。「リリーだけの閉じた取り組みにするつもりはありません。いろんな強みを持つ企業と連携し、ヘルスケア業界全体で患者さんや社会のためになることをしていきたいですね」(川副さん)

 

あわせて読みたい

メールでニュースを受け取る

  • 新着記事が届く
  • 業界ニュースがコンパクトにわかる

オススメの記事

人気記事

メールでニュースを受け取る

メールでニュースを受け取る

  • 新着記事が届く
  • 業界ニュースがコンパクトにわかる