武田薬品工業が重点領域の1つに掲げるオンコロジー。その国内事業の責任者に昨年就任した内田智・日本オンコロジー事業部長に、国内がん事業の今とこれからを語ってもらいました。
3つの新製品中心に高成長
――国内オンコロジー事業の足元の状況を教えてください。
既存製品は力強く推移しています。2020年以降に上市した3つの製品を中心に高成長を続けており、23年度も2桁に近い成長率を維持できると見ています。
日本オンコロジー事業部の至上命題は、患者のアンメットメディカルニーズにどう応えるかということなので、これだけ売り上げが伸びているということは、すなわちわれわれの薬剤、特に最近出した3つの新薬はアンメットメディカルニーズの大きい疾患を対象にしているので、そこにアドレスできているというのは非常に良いことだと思っています。
昨年9月に日本オンコロジー事業部長に就任したあと、事業部のパーパスや中期戦略を刷新しました。キーワードは「人」「機動力」「挑戦」の3つ。最近、モダリティの変化を含め、医療環境が急速に進化しています。これにどうやって対応していくか。ケイパビリティを構築するために人への投資を強化しなければなりませんし、変化に対応するには機動力を持って挑戦し続けるマインドが必要です。そうした考えで新たな施策も始めていますが、少しずつ成果が見え始めており、事業としては非常に順調に進んでいると考えています。
――20年以降に発売した「カボメティクス」(腎細胞がん・肝細胞がん)、「アルンブリグ」(肺がん)、「ゼジューラ」(卵巣がん)が成長ドライバーとのことですが、特に販売に力を入れている製品はどれですか。
いずれもアンメットメディカルニーズの高い疾患であり、どの製品に特に力を入れているということは基本的にはありません。ただ、大腸がんや卵巣がんはパイプランに新薬候補が控えているので、多少厚めにするということはあります。とはいえ、大幅に取捨選択をするようなものではなく、扱っているのも6製品なので、十分並行してできているという状況です。
フルキンチニブ「期待値高い」
――国内向けの新薬の開発状況を教えてください。
ハッチメッド(中国)から導入した大腸がん治療薬フルキンチニブは、日本でも今年9月に承認申請を行いました。国内向けには、イミュノジェン(米国)から導入したmirvetuximab soravtansine-gynxという卵巣がん治療薬があり、カボメティクスの前立腺がんへの適応拡大に向けた開発も進めています。
フルキンチニブは、これまであまり対応できていなかった特定の患者セグメントに効果が期待できるの薬剤なので、期待値は高いです。
――がんの中でも特に力を入れる分野はどこですか。先ほど大腸がんや卵巣がんといったがん種も話に出ましたが、事業上注力するがん種を定めているのか、それともがん種にはこだわらずアンメットニーズを基本としているのか、そのあたりの方針について教えてください。
基本的には後者と理解していただいて良いと思います。アンメットメディカルニーズの高いところを探した結果、それが類似のがん種になるのか、まったく新しいがん種になるのか、ということになると思います。
オンコロジーの製品は、レセプターや特定の遺伝子の発現が標的になるので、結果的に1つの製品で複数のがん種に効くということがままあります。われわれが見ているのは、製品もしくは製品になる前の薬剤の主要と思われる効能のアンメットメディカルニーズがどうかということ。選択肢があるのであれば、われわれがすでに強みとしているがん種のほうがアンメットメディカルニーズに対する理解が深いので、そこにフォーカスすることはあるかもしれませんが、それはあくまで結果です。
――カボメティクスやゼジューラは日本向けに導入したものです。昨今、ドラッグ・ラグ/ロスが問題となっていますが、日本向けのライセンスインに関する戦略や方針を教えてください。
基本的にはグローバルと同じ考え方です。アンメットメディカルニーズから考えて、必要なところに必要な投資を行っていきます。日本オンコロジー事業部は、武田のグローバルオンコロジービジネスの中で最も充実したポートフォリオを持っていますが、これはある意味必然です。武田は日本からスタートした会社であり、当局との関係、医師との関係、チームの規模、そういったものはグローバルの中で日本が最も進んでいます。その結果、ある程度の柔軟性を持って、フルキンチニブのようなグローバルのディールにも乗るし、イミュノジェンとの提携のように日本ローカルのディールも進めることができます。
ドラッグ・ラグ/ロスというのは、まさにアンメットメディカルニーズのど真ん中です。日本製薬工業協会のデータを見ると、国内未承認薬の4分の1くらいはオンコロジー領域ですが、この領域は治療選択肢の多寡がそのまま患者の命に直結すると言っても過言ではありません。そういうことは常に意識をしています。
MRの需要が減るとは想定していない
――国内オンコロジー事業の中長期の戦略や展望についてはどうお考えですか。
最初にお話した通り、昨年9月の着任後、9カ月かけてボトムアップでパーパスを再策定しました。われわれの目的であるアンメットメディカルニーズ、そしていずれはがんを克服していくんだという方向を考えたとき、それはもちろん短期でできるものではない。5年、10年というスパンですらなく、かなり長期で考えていかなければいけません。そこに対して、われわれが常にビジョンを追い続けるんだ、そのためにビジョンを共通で持っている人の想いをつないでいく体制を作るんだ、ということをうたっています。
それを戦略に落とし込んだ中期戦略も策定しましたが、それは先ほどお話した「人」「機動力」「挑戦」というものを実際にチーム全員で共有できるような体制にしていく、それをカルチャーそのものにしていくということを進めることで、事業の持続性を考えています。
じゃあ中期の目標は何ですかということですが、われわれが考えているビジョンを持続的に追い求める、それに対して適切な体制やカルチャーを作り上げる、それ自体が中期の目標だと思っていますし、だからこそマインドセットの変化と人への投資を集中的に強化しています。
既存製品やパイプラインにどれくらい投資したらこれくらいの数字になるということは見えていますが、それが目標かというとそうではありません。新しいアンメットメディカルニーズに対して効果のある薬剤が出てくれば、それは当然取りに行くわけですし。数字にこだわるというよりは、持続的に貢献し続けられる体制をつくるということがフォーカスであり、それができていけば結果として数字はついてくると思っています。
450人の規模は「適切」
――業界では早期退職が相次いでいますが、人員体制についてはどのように考えていますか。
日本オンコロジー事業部は全体として450人の規模で、このうち6~7割がMRです。現状では適切な規模だと考えています。タイムラインは未定ですが、いくつか製品の上市も控えていますし、既存製品もまだまだ成長している。今の時点でこの規模が大きく変わるということは想定していません。
――MRについても今の規模が適正だと考えていますか。
いろいろと世間で騒がれているのは理解しています。ただ、われわれとしては、MRのやることは変わるかもしれないけれど、MRの需要が減るということはあまり想定していません。医療がフルリモートになることはあり得ない以上、医師とわれわれの関係、すなわち情報提供活動がフルにリモートになるとは考えられないからです。
ではデジタルによって何が変わるのか。手段が増えて、むしろやることは増えている。どんな形でどういうチャネルで届けるかということもありますし、問い合わせにどう対応するかということも、いろんな手段が出てきています。これらは、効率化というよりは効果が高くなる、つまり、MRができることが増え、より多くの情報提供活動ができという方向に振れると私は見ています。
製品の上市も続くので、それを考えると今のMRの規模は適切だと考えています。
人への投資に注力
――デジタルの活用について、日本オンコロジー事業部として力を入れていることはありますか。
最も力を入れているのは人材への投資です。
デジタルによって医師とのエンゲージメントモデルがどうなるかというのは、見えていないところが多いと思うんです。もちろんわれわれも、医師が求めているものをある程度予測し、それを適切に届けるシステムは持っています。ただ、それ以上に進化の速度は速く、これから先どういう状況になっていくかはわかりません。そうしたときにわれわれが考えなければいけないのは、変化についていける人材を育てることです。
そこで日本オンコロジー事業部では、全国から10人ほどのMRを集めて、本社のアドバンストアナリティクスチームの下で6カ月間、パートタイムでプロジェクトに取り組んでもらうプログラムを始めました。それぞれのMRが第一線で感じている課題について、アドバンストアナリティクスのスペシャリストから指導を受けながら自分たちで解決し、半年間のプログラム終了後、各自の担当エリアに戻って実際に導入してもらいます。
これを継続的に行うことで、数年後にはMRの何割かがデジタルで課題を解決するということを経験した人材になります。そういった人材が数十人規模で存在するようになると、リテラシーも発想力も今までとは圧倒的に違う状況になる。参加者の満足度も高く、現在、第2期の参加者の募集を行っているところです。
今はアドバンストアナリティクスチームについてもらっているので、どちらかというと分析にフォーカスした形になっていますが、オムニチャネルエンゲージメントのようにデジタルマーケティングに振っているチームもあれば、データサイエンスに振っているチームもあるので、いろいろと模索をしながら続けていきたいと考えています。
JPBUとの人材交流も拡大
――先ほどから「人への投資」という言葉が何度も出ています。デジタル以外で人材に対する投資としてどんなことに取り組んでいますか。
1つはグローバル人材の育成です。着任してからすでに10人弱を海外に派遣しており、今後数年間で数十人に海外での経験を積んでもらおうと考えています。
多様化するアンメットメディカルニーズにどう対応していくか、持続的にどう成長していくかということを考えると、世界の中で日本ってどうなのか、ヘルスケアの幅広いエコシステムの中で製薬企業ってどこにいるのかといったことを肌で感じられる経験が必要で、そのために最も手っ取り早いのは1度、外に出てもらうことだと思っています。これまでも1人、2人という単位では派遣を行っていましたが、全く違うレベルの投資をすることで一気に加速させています。
派遣先は米国とアジアがメインで、欧州とも話を進めています。プロジェクトベースで送り出しているので、派遣期間は最短3カ月から最長2年とさまざまです。これもトライアルとして始めたばかりなので、今後、最適な形を模索していきたいと思っています。
ジャパンファーマビジネスユニット(JPBU)との人材交流も行っています。組織の規模や幅の広さはJPBUのほうが大きい。キャリアの機会ということを考えると人材交流はすべきですし、武田ジャパンの経営人材を育てるという面からも人材を回せる仕組みがあるべきです。オフィシャルなプログラムもありますが、それだと人数も限られるので、もっと数を増やそうという取り組みを着任してから進めています。