今年のノーベル生理学・医学賞は、米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授に授与されることになりました。
サイエンスをかじっていた者の1人として、毎年、発表の時期が近くなると「今年は誰が獲るのか」とソワソワしてしまうものですが、今年はある意味で「ド真ん中」の2人が選ばれたのではないでしょうか。
2人の発見はmRNA医薬品の開発に道を開き、新型コロナウイルスワクチンの驚異的なスピードでの実用化につながりました。mRNAワクチンが新型コロナから多くの人の命と健康を守ったのは皆さんご存知の通り。2人の受賞を祝福するとともに、その功績に心から感謝したいと思っています。
今回の授賞対象となった2人の業績は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する効果的なmRNAワクチン開発を可能にしたヌクレオシド修飾に関する発見」です。
mRNAをワクチンや薬にしようとする試みは半世紀以上前から行われていましたが、人工のmRNAを投与すると免疫反応によって炎症を起こしてしまうことが1つの大きな壁になっていました。2人は、mRNAを構成するウリジンをシュードウリジンに置き換えれば炎症を回避しつつ目的とするタンパク質を大量に作ることができることを発見。新型コロナワクチンの実用化は応用の1つの結果であり、その土台を築いた基礎研究の成果にノーベル賞が与えられるというのが大事なポイントだと思っています。
熱意に頼るだけではなく
ノーベル賞受賞が決まったことで、カリコ博士の壮絶な研究人生にも注目が集まりました。母国ハンガリーで研究費が打ち切られ、車を売って得た現金を娘のテディベアに隠して渡米したこと。研究が評価されず、資金難に直面したり大学でポスト降格の憂き目にあったりしたこと。私ならとっくに諦めていたであろう数々の困難を乗り越え、全人類への貢献という大きな成果にたどり着きました。
彼女の強い熱意には本当に頭の下がる思いですが、これを美談で終わらせてはいけないと思うんです。
前回のコラムでは、どこで芽が出るかわからないのが基礎研究であり、だからこそ研究費は幅広く配分する必要があると書きました。カリコ博士の半生に触れてあらためて思うのは、基礎研究の目利きなどということはそもそも不可能だということです。
カリコ博士が試練を乗り越えてノーベル賞を受賞したことは本当に素晴らしいことです。しかし、そこで思考停止するのではなく、これから先どうやって不遇の研究者を減らして人類にインパクトのある研究を増やしてくかということを考えるきっかけにしたいと思っています。
研究者の熱意に頼るだけではなく、それを社会全体で支えていくことが必要です。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬ヘルスケアポリシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職でアドボカシー活動に携わる。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X(Twitter):@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |