(写真:ロイター)
[シカゴ ロイター]米メルクと同モデルナは6月5日、共同開発しているmRNAベースのがんワクチンを免疫療法と併用した場合、免疫療法単独での治療に比べて最も致死的な皮膚がんが広がるリスクが65%減少したと発表した。
この試験結果は、米シカゴで開かれた米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された。両社は昨年12月、メルクの免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」とmRNAワクチンの併用療法が、キイトルーダ単剤療法との比較でメラノーマの再発や死亡のリスクを44%抑制したと発表している。今回の発表は、これに続く有望なデータとなる。
mRNA技術は新型コロナウイルス感染症のパンデミックで大きな注目を集めた。今回の研究結果は、同技術が特定のがん細胞を攻撃するよう免疫系を訓練する個別化ワクチンに応用可能であることを示唆する一連の証拠をさらに強化するものだ。
研究者らは何十年にもわたって、がん治療ワクチンという夢を追いかけてきたが、成功例はほとんどなかった。専門家によると、8週間ほどで製造可能なmRNAワクチンと免疫系を活性化させる薬剤の組み合わせは、新世代のがん治療につながる可能性があるという。
メルクの早期がん治療開発責任者、ジェーン・ヒーリー博士は「より忍容性が高く、個々の患者の腫瘍に対応した、まったく新しい治療パラダイムが生まれることを期待している」と語った。
メルクとモデルナの共同研究は、免疫系を活性化する強力な薬剤とmRNAワクチン技術を組み合わせる試みの1つだ。米ファイザーとともに新型コロナ向けmRNAワクチンを実用化した独ビオンテックも、米グリットストーン・バイオと同様のアプローチを開発している。
これらのワクチンは、がん細胞で起こる遺伝子変異によって生じた新たな抗原(ネオアンチゲン)を標的としている。このユニークなタンパク質を狙うことで、免疫系は健康な組織を傷つけることなくがん細胞を死滅させることができる。ここで重要になるのが、多くの遺伝子変異の中でどれががんを引き起こしているか見極めることだ。
これを達成するために、企業は患者の腫瘍組織を次世代シーケンサーにかけて遺伝子の構造をマッピングし、人工知能を使ってどの変異が最も効果的な標的になるかを予測する。これをもとに、個々の患者の遺伝子変異に応じた個別化ワクチンを作る。
「これは出発点」
新型コロナウイルスが出現するずっと前から、製薬企業はmRNA技術に注目してきた。mRNAは、細胞が特定のタンパク質を作るための命令を伝えるもので、がんワクチンを提供するための手段として有力視されてきた。
メルクとモデルナは2016年からmRNA技術を使った個別化がんワクチンの共同研究を行っている。ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(MSK)の研究者たちは、17年にビオンテックとの協業を開始した。
当時から、免疫療法がいわゆる「hot tumor」に有効であることは明らかになっていたが、MSKのビノッド・バラチャンドラン博士は、膵臓がんのような「cold tumor」に効く可能性はほとんどないと指摘する。膵臓がんの治療は難しく、標準的な治療では患者の9割が診断から5年以内に死亡する。
バラチャンドラン博士らの研究チームは、まれに長期生存する膵臓がん患者を調べた結果、T細胞ががん由来の遺伝子変異を認識できることを発見し、標的ワクチンの可能性を提起した。
科学誌「ネイチャー」に先月掲載されたデータによると、ビオンテックの個別化がんワクチンとロシュの免疫療法薬「テセントリク」を併用した進行中の小規模な臨床試験では、16人の膵臓がん患者の半数で免疫反応が見られ、18カ月後に再発の兆候を示した患者はいなかったという。
グリットストーン・バイオは、免疫療法がほとんど効かない転移性結腸がん患者を治療するため、2種類のカスタマイズされたワクチンを組み合わるというアプローチをとっている。同社のアプローチでは、まず患者の腫瘍を標的とするチンパンジーアデノウイルスワクチンで免疫活性化させ、次に、少量で高い効果が期待できる自己増幅型mRNAワクチンを投与する。
グリットストーンは、2024年第1四半期にこのデュアルワクチン療法の後期臨床試験のデータが得られると期待している。同社のアンドリュー・アレンCEOは「これまで発表してきたすべての内容から、私たちは本当に興奮している」と話す。
メルクとモデルナは、メラノーマを対象とした大規模な臨床第3相試験を計画しており、肺がんでも併用療法の試験を進めている。メルクのヒーリー氏は「われわれは、これを出発点と考えている」と語った。
(Julie Steenhuysen;、編集:Caroline Humer/Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)