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ニュース解説

製薬企業のデジタルマーケティング、医師が考える「ニーズとのギャップ」

更新日

前田雄樹

コロナ禍で急速に進む医薬品情報提供のデジタル化。その現状と課題、今後の展望について、医師向け臨床支援アプリ「HOKUTO」を運営し、同アプリを活用して製薬企業のデジタルマーケティングを支援するスタートアップ企業HOKUTO(東京都港区)の山下颯太取締役/医師に話を聞きました。

 

 

デジタル化で情報の洪水が起きている

――コロナ禍で製薬企業が行う医薬品情報提供のデジタル化が進んだと言われます。実際の変化をどのようにとらえていますか。

デジタルを通じて受け取る情報の量は圧倒的に増えました。ウェブ上では毎日、大量の講演会が開かれていて、どれを見たらいいのかわからないような状況ですし、ディテールの数もかなり増えています。一方、質についてはこれまでとあまり変わっていない印象です。チャネルは従来のままデジタルで提供される情報の量がただ増えている。受け取る側としては情報の洪水にさらされているような感覚だという声は、現場の医師からよく聞かれます。

 

「(従来型の)MRの価値を感じなくなった」という声も耳にするようになりました。MRは来なくなったけど仕事はできているし、情報はデジタルで見ればいいということに気付く人が増えています。デジタルで情報が大量に届くようになり、MRが来なくても何とかなるという意識の変化が起きている一方で、「どの情報を見たらいいのか」「求める情報はどこにあるのか」というニーズが上がってきているのが今の状況だと思っています。

 

――そうした変化の中で、製薬企業からの引き合いはどうでしょうか。

大きく2つあると思っています。1つは、MRでアプローチできない医師にデジタルで情報提供したいという声をよく聞きます。特に若手の医師ですね。若手の医師は大病院に勤務していることが多く、コロナ禍では訪問のハードルが高かった。なじみの医師であれば直接連絡してふっと会うことができても、若手の医師とはそもそも関係がないのでアポイントがないと会えません。そこに全然アプローチできていないという声はよく聞きます。

 

もう1点は、臨床現場の医師と接点を持つことで何かできないかということです。コロナ禍で製薬各社は、情報提供のオムニチャネル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいると思います。われわれの臨床支援アプリ「HOKUTO」は、臨床現場で医師とタッチできることが特徴なのですが、それを生かしてデータを分析したり、プロモーションしたりできないかという引き合いは増えています。

 

山下颯太(やました・りゅうた)HOKUTO取締役/医師。1994年生まれ。2018年金沢大医学類卒業。勤務医として働く傍ら、19年12月からHOKUTOの事業開発に協力し、20年9月から取締役として正式に参画。

 

――臨床現場での接点に製薬企業が注目しているのはなぜなのでしょうか。

時代の流れに沿ったものだと感じています。医療以外の分野のマーケティングでは、いかにユーザーが求めているタイミングで情報を提供するかということが購買行動を促す上で重要だとされています。一方、医薬品の世界では従来、臨床現場でのタッチポイントが存在しなかったので、興味がピークに達するタイミングで接触することが難しかった。その蓋が開いたというか、そこにアプローチできるようになったということで、toC(消費者向け)で行われているマーケティングのアプローチを取り入れたいというニーズが出てきたと言えます。

 

さらには、医薬品そのものが複雑化していることで、医師が能動的に情報を求めるシーンが増えてきていることも要因として挙げられます。スペシャリティ医薬品では、「これってどうしたらいんだろう」と医師が思う場面も多く、求められたタイミングで求められた情報を出すということ自体の価値が高まっていると感じています。臨床現場というのは、そうしたニーズがピークに達するタイミングであることも多く、そこで接点を持つことの価値は上がっています。

 

――MSDとの連携で3月16日に開始した、免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」の適正使用ガイドをHOKUTOアプリ上で公開する取り組みも、そうした背景を踏まえたものだということですね。

その通りです。製薬企業の情報提供はこれまでプッシュ型が中心でしたが、医師の目線で見ると、ある情報が欲しいと思った時にそれにたどり着くための導線が最適化されていないという課題がありました。医療の世界は規制も厳しいので、医師がたどり着きやすいということよりも、間違った人がたどり着かないようにするにはどうすべきかということが最初にきたりするわけです。そうすると、ユーザー体験として見たときに「欲しい情報はどこにあるのか」「どこを見たらいいのか」ということが起こってしまいます。

 

臨床支援アプリ「HOKUTO」に掲載された「キイトルーダ」の適正使用ガイド(HOKUTO提供)

 

ドクタージャーニー踏まえ最適化

――医師側の意識の変化に対して、製薬企業側の取り組みとのギャップを感じる点、まだ足りていないと感じる点はありますか。

重要なのは医師のニーズに合わせた情報提供だと思っているんですが、そこに対するギャップはまだあると感じています。

 

既存のマーケティングのフレームだと、アムトゥールに沿って「月1回はウェブ講演会をしよう、ディテールをしよう」という形で動かすのがスタンダードだと思いますが、製薬企業が思っている以上に医師って情報を覚えていないんですよね。医師は情報を頭に入れていて診療時間中はあまり調べないといったイメージがあるかもしれませんが、現代は医学情報が多すぎるし、検索できるツールも増えているので、ベテランの医師でも調べることが多いです。

 

情報を求めたり、調べたりするタイミングは確実にあるのに、アムトゥールモデルでは医師が忘れる、覚えていないといったことはあまり想定されていません。本ニーズが起きたタイミングをいかにキャッチして情報を提供するかということが重要なんですが、既存のモデルでは「認知を取るために閲覧数をKPIにしよう、クリック数をKPIにしよう」となりがちです。デジタルというチャネルは本来、インタラクティブな情報提供や医師のニーズを起点とした情報提供は得意なはずなのに、toCの領域に比べるとニーズに合わせた最適化ができていないと感じています。

 

――ギャップを埋めていくために、製薬企業にはどんなことが求められますか。

重要なのは、ドクターのジャーニーを考えた上で情報を最適化することだと思っています。

 

今までのデジタルチャネルでの情報提供って、医師視点ではMRが渡していたパンフレットをデジタル資材にして提供している印象があるんです。でもそれって、MRというチャネルを通す情報としては正解だったかもしれないけれど、パソコンやスマートフォンで見た時に最適なのか。チャネルについても、例えばスマホというチャネルが大事だということではなくて、その情報を医師がどういうタイミングで、どういう目的で、どういう感情で見るのかということが最も重要で、それに合わせて「それぞれのチャネルでどういう表現をしよう」とか、同じチャネルでも「このドクタージャーニーを狙うならこっちの表現」といった議論が本来はあるべきです。

 

しかし、今のデジタルチャネルでの情報提供では、あまりそういう議論はなされていないし、あったとしてもメインではない印象です。だからこそ、見かけのクリック数に目がいってしまい、ただクリックしただけなのか、興味を持ってクリックしたのかといったことはあまり分析されていない状況だと思います。

 

ですが、自宅で興味本位で情報を見ながらクリックするのと、臨床現場で「あの情報を知りたい」と思ってクリックするのとでは、同じ1クリックでも提供すべき情報やフォーマットは異なるはずなんです。われわれがアプリで提供する情報を検討するときは、ドクターのジャーニーを強く意識した上で、「これだったら情報を絞り込んだほうがニーズを満たせるよね」といった議論を軸に据えています。

 

「欲しい情報を欲しいタイミングで」ニーズはさらに高まる

――今後、医師の情報提供に対するニーズはどのように変化していくと見ていますか。

求める情報を求めるタイミングで欲しいというニーズは今後も強くなっていくと考えています。医師もtoCサービスで欲しい情報を欲しいタイミングで受け取ることに慣れている。なぜそれが医薬品の世界で行われていないのかというギャップは大きくなっていくでしょう。

 

最初にお話した通り、デジタル化によって医師が受け取る情報の量は増えていくので、欲しい情報を見つけたいというニーズは強くなるでしょうし、医薬品が複雑化することも欲しい情報を欲しいタイミングで届けてほしいというニーズに拍車をかけます。個々のニーズに内容とタイミングを合わせていくことが求められるようになっていくと思っています。

 

それに対して製薬企業は、基本的にtoCのデジタルマーケティングで行われていることと同じようなことができないといけなくなってくる。ユーザーの行動を分析し、それに合わせて最適な手段を構築するという、医師ありき、ユーザーありきの考え方が必要です。「このチャネルを使えばこれだけ認知が取れる」ではなくて、医師がそもそも病院でどんなことをしていて、この情報を知りたいと思うのはこういうタイミングだから、このチャネルで届けよう、といったことを考えないといけません。チャネルごとに部分最適に陥るのではなく、ドクターのジャーニーに合わせて全体的な最適化を図っていく必要があります。

 

そのためには、ドクターエクスペリエンス・ドクタージャーニーに関する定性的・定量的なデータを集める必要があると思いますし、集めたデータをどう活用していくのかという議論を進めていく必要があると思います。

 

どこの製薬企業と話をしても、やはり「数」がすごく重要なKPIになっています。確かに数は重要なんですが、これからは1つの閲覧の価値というものを考えていかければならないと思っています。toCの広告を考えると、クリック後に製品を購入して継続的な利用につながった1クリックと、LP(ランディングページ)に飛んだけどそこで離脱してしまった1クリックは、価値が違うはずです。これを同じ1クリックとしてしまうと、有効なクリックだったのかどうかという議論に進みづらく、結果としてユーザーに合わせて再設定しようというPDCAが回りづらい状況になってしまいます。データが取りづらい業界ではありますが、定性的・定量的なデータを集めながらPDCAのサイクルを回していく動きが必要なのではないでしょうか。

 

MRの価値は

――デジタルを通じた情報提供が拡大する中、MRはどんな存在になっていくのでしょうか。

特に若い世代の医師だと、そもそもMRとほとんど話をしたことがないという人も増えています。そうした人たちはデジタルで情報を受け取るのが当たり前という人たちなので、MRがどういう人なのか理解していない医師が大量に専門医になっていくような時代が近いうちに来るだろうという肌感覚はあります。

 

ただ、私個人としては、MRはすごく大事な存在なのではないかと思っています。

 

例えば、toCのアプリをつくっている会社って本当にユーザーにヒアリングするんですね。HOKUTOの役員にはメルカリの創業メンバーもいますが、そういったところはサービスが大きくなっても毎日毎日ユーザーヒアリングをして、ニーズの解像度を高めています。toC向けのウェブサービスを開発している人たちは、いくらでも定量的なデータを手に入れられるのに、それでもユーザーヒアリングを行っているのは、定性的なところでないとわからないユーザーのインサイトがあるからです。

 

MRは、定量的なデータには出てこないユーザーの本当のニーズをすくい上げてマーケティング戦略に還元していく上で重要なキープレイヤーになると思っています。ドクタージャーニーを理解するには、定性と定量の両方が必要です。言葉として表れていないところも含めて医師が本当に求めていることは何なのかというインサイトを深掘りしていくことが、次の時代のMRの価値になっていくのではないでしょうか。

 

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