「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」への懸念が高まっています。海外バイオテックによる新薬開発を日本に呼び込むには何が必要なのでしょうか。臨床開発の視点から、アイルランドのグローバルCROアイコンの日本法人、アイコン・ジャパンの小川淳社長に話を聞きました。
高い治験コスト「説明つかないレベルになっている」
――「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」に対する懸念が高まっています。臨床開発に携わる立場から昨今の状況をどう見ていますか。
標的治療や希少疾患に特化する流れの中で、バイオテックでも自前で開発を完了できる会社が多くなっています。そういった会社の場合、特にその会社にとって初めての薬を世に出そうという状況のときは、付加価値を最大化しようというよりもとにかく早く出す、しかもリターンの大きい米国で出すことが最優先になりやすい。
かつてのように世界の医薬品市場の10%を占めているような状況であれば日本もケアするということになると思いますが、今は6%くらいに低下しています。バイオテックもサバイバルに必死ですから、そういった中で独特の制度を持ち欧米とは異なるコストのかかり方をする日本を気にかける余裕がないというか、優先順位が低いというのが最も大きな理由なのではないかと思っています。
――海外のバイオテックは、日本に興味は持っているのでしょうか。
日本は今でも世界3位の医薬品市場なので、日本のことを忘れてしまっているというわけではないと思います。ただ、ブラックボックスが大きく、日本を(国際共同治験に)加えてくださいといって単純に加えることができるわけでもないので、後回しにしているというところではないでしょうか。
われわれとしてもクライアントとなるバイオテックにはアプローチしていて、将来的に日本への導入を考えているのであれば国際共同治験に最初から日本も入れておいたほうがタイムラインとしても圧倒的に早いし、かかるコストも安くなるという話をします。そうすると検討して実際に日本を入れる企業もあるので、必ずしも日本を避けているわけではないと思っています。よくわからないから置いておこうという感じでしょう。
アイコン・ジャパンの小川淳社長
日本は「特殊な存在」
――日本は特殊な国だと。
これだけ日本人の臨床データを要求し、実際にそれをやろうとすると日本のことがよくわかっているスタッフをかなり投入しないといけないというユニークさは世界一ですよね。その次にくるのは中国だと思いますが、中国と比べても日本はユニークです。
実際、日本のことをほとんどよく理解していない顧客と話をするときは、日本はどうして特殊なのか、それにどう対応するのかをしっかり説明しないといけません。必ずそういう話になるので、われわれも簡潔に説明できる資料は一通り揃えています。自前で進出するのは難しいですし、われわれの説明を聞いて面倒だなと思う企業があるのも事実だと思います。
米国はメディカルイノベーションに対してリターンを払う国なので、新薬開発はどうしても米国中心になってしまいます。欧州、特に西欧だと新薬に対するお金の出し方は渋いので、そういう意味で欧州が魅力的な市場かというと必ずしもそういうわけではないと思いますが、ICH(医薬品規制調和国際会議)の枠組みの中で同じように試験ができる点は強みです。もちろん国ごとに細かな違いはありますが、微調整すれば「この国とこの国を加えて」ということができる。ところが、日本を入れようとすると全然違ってきます。日本だけ別なんです。ピュアなグローバル開発をしようとするクライアントから見ると特殊な存在であることは間違いありません。
――具体的にネックになっているのは何なんでしょうか。
手続きや品質担保にかかる手間が、コストあるいは時間に換算すると日本は倍以上かかっています。同じICHのガイダンスに基づいてやっているはずなのに、なぜ日本だけこんなに手間がかかるのかというのが、もう説明がつかないレベルになっている。ここが、オペレーションを担当するCROから見ると課題だと感じています。
それが「品質に重点を置いているから、良いデータが出るから少しくらい人手がかかっても仕方ない」というレベルであればいいんですが、2倍3倍手間がかかるとなると、「一体何をやっているのか」「標準的な品質の担保の仕方ではないでしょう」となってしまう。日本としては悪気があって過剰品質をやっているわけではないと思いますが、グローバルから見ると、時間のかかり方は異質ですし、それを日本で開発するときのコストとして見た場合にはとてつもなく大きくなってしまうので、経済の原則からすると選びにくくなっています。
「品質第一」からシフトを
――日本の治験は海外から選ばれるためにどう変わっていく必要がありますか。
日本は治験を行う国として望ましい面もたくさんあります。品質水準は非常に高く、臨床試験で問題になるようなファインディングはマイナーなものも含めてほとんど上がってきません。医療機関からは予定したものが確実に返ってきますし、患者さんも真面目です。そういった点で、日本の臨床試験に対する信頼性は高いです。
ただ、品質は高ければ高いほどいいというわけではありません。モニタリングの世界では近年、「リスクベースドモニタリング」という考え方が広がってきていますが、まさにこれと同じ考え方で、守るべき品質には濃淡があって、クリティカルなところは漏れないように、漏れたとしてもすぐに同定できるようにしておく。その周辺も見てはいるけれども、それほどきれいにすることに手間をかけるのはコストに跳ね返ってくるのでやめようと。
日本は品質は高いですが、その裏ですごく手間をかけているということに対して問題意識があまり上がってきません。業界、当局、医療機関、全体で「品質第一」という考え方からシフトしないと、(海外から臨床試験を)頼まれなくなってしまいます。
これは日本人的なチャレンジなのかもしれません。「品質は高ければ高いほうがいい」とか「決められたことは隅から隅まで完璧にこなさなければならない」という考え方が染み付いていていますよね。マイナーファインディングスの少なさは過剰品質のインディケーターという側面もあるので、それがあまりに少ないと過剰に手間をかけているということになるんだと思います。
――CROとしては何ができますか。
従来のようにCROのスタッフが人海戦術的にいろんなところでサポートすることで試験を回すようなモデルではなく、ICHのスタンダードに基づいた本来あるべき(CROの)守備範囲で試験ができるようなシステムに変えていく必要があります。アイコンはまだ日本の事業規模が小さく、これから拡大していくフェーズにある。せっかく拡大していくのであれば、今までの当たり前にチャレンジし、あるべき姿をつくっていきたいと思っています。われわれの会社としてもやっていきますが、CRO業界を挙げて、もっと言うと産官学共同で取り組みを進めていきたい。これは私にとっても今後数年の最も大きな目標です。
「日本のやり方に合わせてください」と言えば合わせてくれていた時代は終わりました。日本に新薬開発を呼び込むには、日本の側が世界に合わせていかないといけません。変わらなければ、日本は臨床試験を行う場所として本当に選ばれなくなってしまいますし、そうなると最先端のサイエンスに基づいた医薬品が日本に入ってこなくなってしまいます。