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ニュース解説

中外製薬が1700億円を投じた「横浜の新研究所」の内部

更新日

前田雄樹

中外製薬が1700億円を投じて建設した新たな研究拠点が先月完成し、その内部が報道陣に公開されました。異なる分野の研究者の連携を促すとともに、ロボティクスやAIを積極的に活用し、革新的新薬の連続創出を目指します。

 

 

連携促す「スパイン」

JR戸塚駅(横浜市戸塚区)から歩いておよそ15分。柏尾川沿いの遊歩道を南に進んでいくと、先月15日に完成した中外製薬の新研究拠点「中外ライフサイエンスパーク横浜」(中外LSP横浜)が姿を現します。

 

かつて日立製作所の事業所があったこの場所に建つ中外LSP横浜は、柏尾川を挟んで東西に分かれた計15万8600平方メートルの敷地に16棟の建物(延べ床面積11万9500平方メートル)を配置。来年4月に稼働を開始し、研究者やスタッフら1000人が勤務する予定です。土地と建物・設備などを合わせた総投資額は1718億円に上ります。

 

中外ライフサイエンスパーク横浜の全景。主要な機能は柏尾川を挟んで西側の敷地(手前)に配置し、東側はほとんどを将来用地として残している(中外製薬提供)

 

巨費を投じて建てた新たな研究所には、富士御殿場(静岡県)と鎌倉(神奈川県)に分散している研究機能を集約。効率化を図るとともに、2拠点に分かれていた研究者の連携を強化して新たなイノベーションの創出につなげる狙いです。中外の板垣利明CFO(最高財務責任者)は10月20日、報道陣向けの見学会で「イノベーションの創出に集中し、革新的新薬をこれまで以上のスピード、これまで以上の量で生み出していきたい」と強調。飯倉仁研究本部長は「中外が世界最高水準の創薬の実現を目指す上で、中外LSP横浜は非常に大きなエンジンになる」と話しました。

 

予期せぬ人との出会いが生むコミュニケーション

中外LSP横浜には、研究者同士の活発なコミュニケーションを促すための工夫が随所に施されています。その象徴が、実験棟(実験室が入る建物)と居室棟(オフィスが入る建物)を連結する長さ300メートルの廊下「スパイン」です。

 

実験棟とオフィス棟をつなぐスパイン(左上)。椅子やテーブルなどがある「ワークスペース」(右上、左下)を21カ所設けているほか、通る人も議論を聞けるよう壁を取り払うことができる会議室(右下)もある。

 

英語で背骨を意味するスパインには、椅子やテーブルを置いた「ワークスペース」と呼ぶスペースを21カ所配置。研究者は、出退勤時や実験棟とオフィス棟を行き来する際に必ずスパインを通る構造になっており、飯倉氏は「ここで予期しない人と出会うことで、『そういえばあれどうなった?』『この前言っていたあのアイデアってどういうことなの?』といったいろんなコミュニケーションが起こることを期待している。今まであまり会話をしてこなかった研究者同士が自由に話せる場にしたい」と話します。

 

中外が低分子医薬品と抗体医薬に続く「第3の柱」と位置付ける中分子医薬品では、従来あまり交わることがなかったバイオテクノロジーの研究者とケミストリーの研究者が一緒になって研究に取り組むことで創薬基盤を構築し、そこから多くのプロジェクトが生まれています。飯倉氏は「これまでは御殿場と鎌倉に分かれていたため、いろんな考え方の融合が起こりにくかった。横浜ではそれがしっかり起こってくるだろう」とし、さまざまな分野の研究者がアイデアを交換することで新たなイノベーションが起こることを期待。次世代創薬に不可欠な「ドライ」と「ウェット」の融合を目指す上でも「1カ所に集まって活発にコミュニケーションすることが大事だ」と話しました。

 

ロボットが動き回る実験室

もう1つ、新研究所で中外が志向しているのが創薬研究のDX(デジタルトランスフォーメーション)。ロボティクスやAIなどを活用し、研究の生産性と質を向上させる考えです。

 

中外はこれまでも、御殿場、鎌倉の両研究所で実験の自動化(ラボオートメーション)を進めてきましたが、新研究所ではこれをさらに発展させるため、自動実験機器の間を動き回って資材などを運ぶ自走式のモバイルロボットを導入する予定です。そのため、実験室は機器を自由に配置できるよう広いスペースを確保。今後は、これまで自動化が難しかった作業を行える汎用性の高いロボット技術の開発も目指します。

 

さらに、実験棟には試薬の自動搬送システムを導入。研究者が使いたい試薬を自分のパソコンからオーダーすると、別棟の倉庫から実験室エリア入り口のステーションに自動で届きます。

 

自走式ロボットを導入するため空間に余裕を持たせた実験室(上)。別棟の倉庫から自動で試薬が届くステーション。IDをかざすと扉が開き、届いた試薬を取り出すことができる(下)。

 

自社創製4新薬 世界で9600億円販売

中外製薬は今期(2022年12月期)、売上収益1兆1500億円(前期比15.0%増)、コア営業利益4400億円(1.4%増)を予測しており、初めて売り上げが1兆円を突破する見通し。5年前の17年12月期と比較すると、売上収益は2.2倍、コア営業利益は4.3倍に達します。

 

【中外製薬業績の推移】<売上収益/営業利益>15/12/4988/868|16/12/4918/769|17/12/5342/989|18/12/5798/1243|19/12/6862/2106|20/12/7869/3012|21/12/9998/4219|22/12/11500/4400|※中外製薬の決算短信をもとに作成 22年12月期は予想。営業利益予想はCoreベース

 

今期の売り上げ拡大を牽引するのは通期で1990億円を見込む新型コロナウイルス感染症治療薬「ロナプリーブ」の政府納入ですが、近年の業績拡大を支えているのは血友病治療薬「ヘムライブラ」をはじめとする自社創製の4製品。ヘムライブラと抗IL-6受容体抗体「アクテムラ」、抗がん剤「アレセンサ」、視神経脊髄炎スペクトラム障害治療薬「エンスプリング」は親会社のスイス・ロシュを通じて世界で販売され、21年のグローバル売上高は計80億4700万スイスフラン(同年の平均レートで9656億円)に達しました。今年1~9月期は、アクテムラが新型コロナ関連の売り上げ減少で前年を下回っているものの、ヘムライブラは28%増、アレセンサは16%増と好調です。

 

中外は21~30年の成長戦略で、30年以降、自社創製のグローバル品を毎年発売することを目標に掲げています。横浜からどんな革新的新薬が生まれるのか、注目です。

 

【中外創製4製品の世界売上高】アクテムラ/2015年:14.32/2016年:16.97/2017年:19.26/2018年:21.6/2019年:23.11/2020年:28.58/2021年:35.62|アレセンサ/2016年:1.82/2017年:3.62/2018年:6.37/2019年:8.76/2020年:11.6/2021年:13.56|ヘムライブラ/2018年:2.24/2019年:13.8/2020年:21.9/2021年:30.22|エンスプリング/2020年:0.18/2021年:1.07|計9656億円|※スイス・ロシュの決算発表資料をもとに作成

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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