昨年12月に特例承認されたMSDの新型コロナウイルス感染症治療薬「ラゲブリオ」(同社提供)
新型コロナウイルス感染症に対する武器として期待された経口抗ウイルス薬。塩野義製薬の「ゾコーバ」が最終治験で有効性を示した一方、MSDの「ラゲブリオ」は特例承認からまもなく1年を迎えます。
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塩野義 最終治験で有効性
塩野義製薬は先月末、開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬エンシトレルビル フマル酸(予定製品名「ゾコーバ」)の臨床第2/3相(P2/3)試験のP3パートで、プラセボに比べて症状改善までの時間を有意に短縮し、主要評価項目を達成したと発表しました。同薬は厚生労働省の薬事・食品衛生審議会(薬食審)で継続審議となっていますが、試験で有効性が示されたことで承認の可能性がぐっと高まりました。
日本と韓国、ベトナムで軽症から中等症の患者1821人を対象に行われたP3パートでは、ゾコーバはプラセボに比べて、主要評価項目のオミクロン株に特徴的な5症状(鼻水・鼻づまり、喉の痛み、咳、発熱、倦怠感)が消失するまでの時間を約24時間短縮(ゾコーバ群167.9時間、プラセボ群192.2時間)。投与4日目のウイルス量もゾコーバ群で有意に減少しました。
厚労相「速やかに審査」
塩野義は今年2月、P2/3試験のP2bパートまでの結果をもとに、条件付き早期承認申請の適用を求めて承認申請。5月の医薬品医療機器等法(薬機法)改正で緊急承認制度が創設されたことを受け、同月に申請を緊急承認に切り替えました。軽症・中等症の患者428人を対象に行ったP2bパートでは、2つの主要評価項目のうち抗ウイルス効果は示されたものの、12症状でみた場合の症状改善効果はプラセボとの統計学的有意差は認められませんでした。このため、7月に開かれた薬食審薬事分科会と医薬品第二部会の合同会議は「現時点のデータから有効性は推定できない」として緊急承認を見送り、継続審議とすることを決定。P3パートの結果を待ってあらためて審議することにしていました。
加藤勝信厚生労働相はゾコーバのP3パートの速報結果を受け「PMDA(医薬品医療機器総合機構)で速やかに審査を進めていきたい」と話しました。塩野義は速報結果を厚労省やPMDAに共有しており、審査に必要な詳細な試験データのとりまとめを急いでいます。
ラゲブリオ シェア9割
国内では現在、新型コロナの経口抗ウイルス薬としてMSDの「ラゲブリオカプセル」(一般名・モルヌピラビル)とファイザーの「パキロビッドパック」(ニルマトレビル/リトナビル)が承認済み。ゾコーバは、承認されれば既存の2剤と異なる位置付けの治療薬となる可能性があります。MSDとファイザーの経口薬は重症化リスクのある人が対象となっている一方、塩野義は重症化リスクの有無を問わない形で臨床試験を行い、症状改善効果を示しました。
一方、世界初のコロナ向け経口抗ウイルス薬となったラゲブリオは、昨年12月の特例承認からまもなく1年を迎えます。当初は政府が買い上げて医療機関に配布していましたが、生産が増えて供給が安定したとして8月に薬価収載され、9月16日から一般の医薬品と同様の流通が行われるようになりました。同社のカイル・タトル社長は「一般流通の開始によって、医療機関や薬局はラゲブリオをほかの薬価収載品と同様に医薬品卸を通じて簡便に購入できるようになり、医師は添付文書の記載に基づいて自身の裁量で投与できるようになった。必要な患者に迅速に投与できるようになり、コロナ流行による影響を最小限に抑えることが可能になる」と強調。一方のパキロビッドは現在も国による配布が続いています。
66万人に投与
国が集計している両剤の使用状況によると、9月15日時点でラゲブリオやパキロビッドが投与された患者は66万3897人。ラゲブリオは同日時点で82万1911人分の発注があり、61万9621人に投与されました。パキロビッド8万1579人分の発注に対して実際に投与されたのは4万4276人となっています。
投与実績をもとに計算すると、ラゲブリオはコロナ向け経口抗ウイルス薬で93.3%のシェアを獲得していることになります。ラゲブリオは動物実験で催奇形性が確認されており、妊婦や妊娠している可能性のある女性への投与は禁忌とされている一方、パキロビッドは腎機能が低下した患者には使いにくい上、相互作用のため多くの併用禁忌薬があります。
昭和大医学部内科学講座の相良博典主任教授は10月19日にMSDが開いたメディア向け説明会で「抗ウイルス効果がどれくらい強く出るかということもあるが、われわれとしてはよりしっかりとした形で使ってもらえる薬剤を選択している。こういう患者なら投与できる・できないということを考えなくても使えることが(ラゲブリオの)の大きなメリット」と話しました
ラゲブリオをめぐっては今月、英オックスフォード大が約2万6000人の患者を対象に行った大規模臨床試験「PANORAMIC」の暫定結果が公表され、通常の治療にラゲブリオを上乗せした群と通常の治療のみの群を比較したところ、入院や死亡に至った患者の割合に差は認められませんでした。MSDの白沢博満上級副社長兼グルーバル研究開発本部長は、結果は査読前で慎重な解釈が必要だとしつつ、▽組み入れられた患者の平均年齢が56.6歳と若い(同試験の対象は、基礎疾患の有無を問わない50歳以上の患者もしくは基礎疾患を持つ18歳以上の患者)▽参加者のほぼ全員がワクチン接種を受けている▽オミクロン株が主流となった時期に行われた――ことから「予想通り(両群とも)入院・死亡は非常に低かった」と指摘。イスラエルで行われた後ろ向きコホート研究「Clalit study」では、重症化リスクを有する高齢者らの入院・死亡を有意に減少させており、白沢氏は「リアルワールドのデータも含め、リスクの高い人に対するラゲブリオの効果はほぼ確立したと思っている」としつつ、「リスクの低い人にとっての薬の意味は少し変わってくるかもしれない」と話しました。
一方、PANORAMIC試験ではラゲブリオを投与した群のほうが、回復までの期間が中央値で6日短くなりました。相良氏は「現時点ではリスク因子を持つ患者が重症化するのを防ぐために投与する薬剤だが、さらにデータが出てくれば(早期の症状改善を目的に)幅広く投与する薬剤になっていくだろう」との見方を示しました。
中国・武漢市で新型コロナウイルス感染者が確認されてからまもなく3年。ハイスピードで開発が進んだ治療薬も、エビデンスの蓄積や流行状況の変化、新たな治療選択肢の登場などによって今後も位置付けは変化していくことでしょう。