2018年に抗体医薬「デュピクセント」が発売されて以降、5年間で7つの新薬が登場したアトピー性皮膚炎。病態理解の進展よって新薬開発が進み、特に中等症以上の患者に対する治療は大きく変化しました。市場競争は一気に激しくなり、小児への適応拡大を含め新薬開発はなおも活発です。
INDEX
5年で7つの新薬
国内に約600万人の患者がいると推定されるアトピー性皮膚炎。相次ぐ新薬の登場で、治療選択肢が広がっています。
2018年、アトピー性皮膚炎に対する10年ぶりの新薬として発売されたのがサノフィの抗IL-4/IL-13受容体抗体「デュピクセント皮下注」(一般名・デュピルマブ)。その後、2021年までに4つのJAK阻害薬が登場しました。1つは日本たばこ産業(JT)の外用薬「コレクチム軟膏」(デルゴシチニブ)で、残る3つはいずれも経口薬の「オルミエント錠」(バリシチニブ、日本イーライリリー)、「リンヴォック錠」(ウパダシチニブ水和物、アッヴィ)、「サイバインコ錠」(アブロシチニブ、ファイザー)です。
さらに、今年6月には国内初のPDE4阻害薬の外用薬「モイゼルト軟膏」(ジファミラスト、大塚製薬)が、8月にはアトピー性皮膚炎のかゆみに対する抗IL-31受容体A抗体「ミチーガ皮下注用」(ネモリズマブ、マルホ)が発売。5年の間に7つの新薬が臨床現場で使われるようになりました。
アトピー性皮膚炎の治療の基本は、外用のステロイドや免疫抑制剤であるタクロリムス軟膏といった炎症を抑える薬剤と、保湿・スキンケア。軽快と悪化を繰り返す慢性疾患で、年齢とともに症状が軽くなることもありますが、十分な治療効果を得られないことも少なくありません。こうした中等症以上の患者に対する治療は、新薬の登場で大きく変化しました。
新薬ラッシュの背景には病態理解の進展があり、新薬のほとんどは2型炎症反応(主にTh2細胞による炎症)を抑える作用を持っています。Th2細胞は、インターロイキン-4(IL-4)やIL-13、IL-31といったTh2サイトカインを産生するヘルパーT細胞の一種。アトピー性皮膚炎の病変部位にはTh2サイトカインを産生する細胞が多く集まり、過剰な炎症を引き起こします。
デュピクセントは、炎症やかゆみに関与するIL-4とIL-13の受容体に特異的に結合し、シグナル伝達を阻害する薬剤です。一方、コレクチムやオルミエントなどのJAK阻害薬は、サイトカインシグナルを細胞内に伝達するJAK-STAT経路を阻害して炎症を抑えます。
モイゼルトはこれらと異なる抗炎症作用を持ち、免疫細胞に広く見られるPDE4を阻害することでサイトカインの産生を抑制します。PDE4は、サイトカインやケモカインの産生を抑制するcAMPをAMPに分解する酵素。副作用が少なく安全性に優れるため、モイゼルトは維持期を含めて長期間使用できると期待されています。
小児適応の開発進む
炎症抑制にフォーカスしたこれらの薬剤とは対照的に、かゆみの抑制に焦点を当てているのがミチーガです。同薬は、中等症以上のかゆみのある患者に、抗炎症外用薬や保湿剤と併用します。従来、かゆみに対して補助的に使用されてきた抗ヒスタミン薬はアトピー性皮膚炎では効果が得られにくく、かゆみのコントロールが不十分だと睡眠障害などQOLが低下すると指摘されていました。
ミチーガはかゆみを誘発するサイトカインIL-31の受容体を標的とする薬剤です。中外製薬が創製し、国内では導出先のマルホが開発を進めてきました。現在の適応は13歳以上ですが、マルホは6~12歳の小児への対象拡大に向けた開発も行っています。
中等症以上の小児に対しては、ほかの薬剤も対象拡大を狙っています。デュピクセントは、生後6カ月以降の小児に対してステロイドへの上乗せ効果を検証した臨床第3相(P3)試験を実施。今年6月に主要評価項目を達成したことを発表しており、同試験の結果をもとに生後6カ月以上の小児への適応拡大申請を行う予定です。
経口JAK阻害薬のオルミエントも2歳以上の小児を対象とした開発が後期段階に入っています。リンヴォックやサイバインコはすでに12歳以上の小児が対象となっていますが、オルミエントはより年齢の低い小児に対する全身療法として開発を進行中です。コレクチムも乳幼児への適応拡大に向けてP3試験を行っており、昨年末の中間速報では皮膚炎の改善効果が得られたことを明らかにしています。
レオファーマのトラロキヌマブ、年内承認の見通し
アトピー性皮膚炎では、今後も新薬の登場が続きそうです。
複数の品目が開発の後期段階にありますが、中でも最も早い承認が予想されるのが、IL-13を直接標的とするデンマーク・レオファーマの抗体医薬トラロキヌマブ。今年1月に日本で申請を済ませており、順当に進めば年内にも承認される見込みです。米国では「Adbry」、欧州などでは「Adtralza」の製品名で販売されており、日本ではレオファーマが自社で販売する予定です。
抗IL-13抗体は、日本イーライリリーやブリストル・マイヤーズスクイブも開発中。リリーのレブリキズマブは、海外で行われたP3試験で、投与16週時点で皮膚病変の消失とかゆみの改善が認められています。
外用薬では、コレクチムを販売するJTがアリル炭化水素受容体(AhR)モジュレーターtapinarofを成人と2歳以上の小児を対象に開発。英ロイバント・サイエンシズ子会社のスイス・デルマバントから国内の権利を獲得した製品で、今年7月には8週間の投与で基剤と比べて皮膚病変を有意に改善したとの速報結果が発表されています。マルホも今年4月に米インサイト・コーポレーションから外用JAK阻害薬ルキソリチニブクリームを導入しています。
市場はデュピクセント一強
抗体医薬としては、協和キリンの抗OX40抗体「KHK4083」も開発が進んでいます。同薬は協和キリンが独自のポテリジェント技術を使って創製した抗体で、OX40を発現した活性化T細胞(主にTh2細胞)を減少させ、クローン増幅やメモリーT細胞形成を阻害する作用を持っています。
協和キリンは昨年6月に米アムジェンと共同開発契約を結び、今年6月にグローバルP3試験をスタートさせましたが、患者利便性を追求した投与方法を検討するとして、現在はプログラムの修正を行っています。P3試験の再開時期は未定ですが、2025~26年の承認取得をめどに開発を進める方針です。
英エバリュエートによると、アトピー性皮膚炎を含む皮膚炎・湿疹治療薬の世界市場は2028年に167億ドルと21年比3倍に拡大すると予測されています。市場を牽引しているのはデュピクセントで、同市場での同薬の売上高は28年に90億ドルを超える見込みです。
ミチーガを開発した中外製薬も、皮膚科領域に強みを持つスイス・ガルデルマを通じてネモリズマブの海外展開を目指しています。アトピー性皮膚炎に伴うそう痒のほか、結節性痒疹と慢性腎臓病に伴うそう痒の適応でも後期開発が進行中です。
病態理解が進んだことで一気に激戦市場となったアトピー性皮膚炎治療薬。激しい競争の中、各薬剤がどんな立ち位置を築くかが焦点となりそうです。