一般的に上司が行うことが多いMRの「営業同行」。もしも、一人ひとりのMRが自身の課題や悩みに合わせて同行相手を選ぶことができたら、主体的な学びが得られ、スキルやモチベーションのアップにつながるのではないか――。2021年、日本イーライリリーの4人のMRが、そんな新しい営業同行の実証実験にチャレンジしました。(記事中の所属はすべて2021年の実証実験プロジェクト開始当時)
同僚同行で面談充実
実証実験をリードした4人のうちの1人、松村桜子さんは、2016年に日本イーライリリーに中途で入社。オンコロジー事業本部に所属し、抗がん剤の情報提供を担当しています。自らも実証実験に参加し、それまで全く面識のなかったMRに同行を依頼しました。
松村さんが自身で思うMRとしての強みは、比較的短い期間で医師と関係を構築できることと、医師に不快な思いをさせずに処方を提案できるコミュニケーションスキルです。そんな松村さんに対する周囲の評価は「アグレッシブで行動力のあるプレイヤー」。一方で、上司からは「分析力に課題がある」との指摘を受けており、自らもある医師とのやり取りの中で医師のニーズと自分のアクションがうまく噛み合わないことがあると感じていました。
「自分なりに課題に対する仮説を立ててみたけれど、違う視点から意見をもらうことはできないだろうか」
そこで同行相手(=チューター)に選んだのが「顧客のことをよく見て、よく話を聞く」ことを強みとするMR。自身の抱える課題を相談すると、チューターは自身の経験も踏まえつつ、松村さんとは違った目線から仮説を立ててくれました。医師の言葉への直接的な対応に重きを置いてしまいがちだという松村さんにとって、患者の視点を交えたチューターのアドバイスは非常に有益だったといいます。
「とれるアクションの幅が広がった」。そんな手応えを持って臨んだオンラインでの同行面談。チューターと2人で入念に準備した分、医師の質問に対して普段よりも深い話ができ、ニーズも的確に汲み取ることができました。松村さんが会話の中でつい流してしまいそうになったキーワードも、チューターが「今のは深掘りするポイントかもしれないよ」とアシストすると、それをきっかけに会話が弾み、普段より長く面談することにも成功。松村さんは「先生にも満足してもらえた感触があった」と振り返ります。
主体的な学び促す
松村さんらが中心になって実証実験を行った「マッチングLilly」は、MRが営業同行の相手を自ら選び、事前の打ち合わせから実際の同行、面談後の振り返りを行う取り組み。チューティー(=同行してもらう人)は、チューター(=同行する人)候補のスキルを見える化した「マッチングシート」から、自分の欲しいスキルを持ったチューターを選び、同行を依頼します。実証実験には、チューティー、チューターとして延べ約90人の社員が参加しました。
コロナ禍で医薬品の情報提供もデジタル化が進み、医師が情報を収集するチャネルは多様化しています。それに伴い、MRとの面談に懐疑的な医師も増えていますが、それでもなお、面談が医師の処方行動に影響を与える要素の1つであることは変わりません。
MRの営業スタイルも変化しました。院内で医師に声をかける「コール面談」は影を潜め、事前にアポイントメントをとって訪問する「ディスカッション面談」が増加。医師は当然「(MRは)目的があって面談に来ている」と考えるため、面談に対する期待値も高くなります。面談のハードルが高くなる中、会いたいと思ってもらえるMRになれるかが以前にも増して重要になっています。
「自分の引き出しを増やすことはもちろん、医師のニーズを顕在化させる能力がより問われるようになったと感じています」
松村さんとともに実証実験を主導した自己免疫事業本部の岡崎樹里さんは、コロナ以降の変化をこう見ています。顧客に求められるMRになるには、自ら考え行動する力が欠かせない。マッチングLillyは、変化に対応するために「自律・主体的な学び」を促すための取り組みです。
育成機会を増やす
リリーでは、上司による営業同行は月に1~2回程度で、育成の機会が限られてしまっていることも課題でした。他者に実際の面談の様子を見てもらい、アドバイスをもらえる機会は基本的に上司同行しかないわけですが、何人もの部下を抱える上司が同行の回数を増やすのは現実的ではありません。マッチングLillyの取り組みは、そうした課題にもピタリとはまりました。チューターとして参加してもらうことで、個々のMRが持っているスキルや強みを広く共有できるのではないかという期待もありました。
取り組みの効果を高めるために実証実験で力を入れたのが、チューターを選ぶときに使う「マッチングシート」です。チューター候補のスキルや強みを「関係構築力」「分析力」「判断力」「計画力」といった形で見える化し、課長による推薦コメントも掲載。松村さんがチューターを選ぶにあたって決め手となった「顧客の声を聞くのが得意」というコメントも、上司による評価でした。
実証実験に参加したMRは、多くが松村さんと同じように目的意識を持ってチューターを選び、それが自発的な学びを後押ししました。MR経験12年の岡崎さんは、コミュニケーション能力とプレゼン能力を強みにしていますが、顧客面談と講演会の企画運営などの業務とのバランスをどう取ったらいいのか、同じような顧客を担当するMRに聞いてみたいと考えてチューターを選んだといいます。
実証実験では、「新人とベテラン」「中堅同士」など、さまざまな組み合わせが生まれました。「凝り固まった自分の考えを壊したい」と、あえて年下のチューターを選んだMRもいました。
上司同行とは違う役割
実証実験で同行面談を受けた医師のほとんどが、実施後のアンケートに「有益な面会だった」と答えたといいます。実際、行動変容が見られた医師の割合も実験の前後で増加。面談の場では成果が得られなかったものの、チューターのアドバイスを継続して実行した結果、医師の処方行動の変化につながったケースもありました。
実証実験では参加社員の91%がその手応えを感じており、松村さんのように会話の深まりを実感したMRも多くいたほか、「(医師の)治療方針が明確になった」「次回の面談のアポイントにつながった」といった声もありました。チューターからは直近の成功事例に基づく実践的なアドバイスが得られ、アクションが明確になったと感じられたようです。
「メンバーの成長度合いの把握、開発・育成の分野・機会の特定、キャリア開発は上司にしかできません。個々のレベルに合わせた短・中期的な育成・評価を行う上司同行と、具体的なアドバイスによってスキル向上を目指せたり、他者の仕事ぶりを間近で見ることでモチベーションアップにつながったりする同僚との同行は、担う役割が違います」
実証実験の中心メンバーの1人、石津由美子さん(糖尿病・成長ホルモン事業本部、MR歴16年)は、マッチングLillyの取り組みをより効果的なものとするためには、上司との連携が重要だと強調します。実証実験でも、チューターとの同行の過程は1枚のシートにまとめ、上司と共有。「同行してもらって勉強になった」で終わらせず、チューティーの上司が継続してフォローアップできる体制を構築しました。
チューターにもプラス
実証実験では、チューター側にもプラスになった部分があったといいます。チューターを務めた岡崎さんは、チューティーに医師の発言の意図を探りながら話を聞くようにアドバイスしましたが、その後、自分も担当医師に対して『「8割方の先生はこう考えるから、この先生もそうだ」と思い込みで動いてしまっていなかっただろうか』と振り返り、次の面談で確認したそうです。チューティーへのアドバイスが戒めとなり、自身の仕事を見直すきっかけにもなっているようです。メンバーの成長に興味をもったと話す人もおり、プラスの効果は実務以外の面にも及びました。
「営業は1人でやることが多いですが、チームや組織で動くことが重要になる場面もあります。組織として強くなるためには、周囲に自分の強みや課題を知ってもらい、頼ったり、頼られたりすることでそれぞれの強みを生かしていくことが必要です。実証実験を通じて、そうしたことを感じました」と石津さんは話しました。
取材に応じた日本イーライリリーの(左から)岡崎樹里さん、石津由美子さん、松村桜子さん(同社提供)。実証実験は、オンコロジー事業本部の岡本結衣さんを含めた4人が中心となって行った。(所属は2021年の実証実験プロジェクト開始当時)
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