肥満に対する新薬開発が盛り上がりを見せています。米イーライリリーが開発中のGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドは、最終治験で20%を超える体重減少を達成。昨年欧米で承認されたデンマーク・ノボノルディスクのGLP-1受容体作動薬「Wegovy」は今年1~3月期に約270億円を売り上げ、早くもブロックバスター化を視界にとらえています。肥満を抱える人は先進国を中心に増加しており、市場としても有望です。
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減量手術に匹敵する体重減少
米イーライリリーが肥満治療薬として開発しているGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド(一般名)が注目を集めています。同社は4月、同薬の臨床第3相(P3)試験「SURMOUNT-1」で20%を超える体重減少を達成したと発表しました。最終治験で20%以上の体重減少を示した肥満症治療薬候補は世界初。減量手術に匹敵する効果で、同社のジェフ・エミック副社長は「チルゼパチドが肥満から人々を救う可能性について自信を深めている」とコメントしました。
SURMOUNT-1試験には、米国、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、日本、メキシコ、ロシア、台湾から2539人の被験者が登録されました。対象は、肥満(BMI30以上)または糖尿病を除く併存疾患が1つ以上ある過体重(BMI27以上)の成人で、主要評価項目は「投与72週時点のベースラインからの体重変化率」と「投与72週時点で5%以上の体重減少を達成した被験者の割合」。登録された被験者の平均年齢は44.9歳、平均体重は104.8kg、BMIの平均は38.0で、被験者の94.5%がBMI30以上でした。
最高用量群 半数以上で20%以上の体重減少
医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに掲載された同試験の論文によると、投与72週時点の体重変化率は、プラセボ投与群のマイナス3.1%に対し、チルゼパチド5mg投与群でマイナス15.0%、10mg投与群でマイナス19.5%、15mg投与群でマイナス20.9%でした。5%以上の体重減少を達成した被験者の割合は、5mg群で85%、10mg群で89%、15mg群で91%だったのに対し、プラセボ群では35%。チルゼパチド10mg群では50%、15mg群では57%の被験者が20%以上の体重減少を達成しました。
安全性は、肥満治療薬として承認されているほかのGLP-1受容体作動薬と同様で、有害事象は軽度から中等度の消化器症状が中心でした。主なものは、悪心(5mg群24.6%、10mg群33.3%、15mg群31.0%、プラセボ群9.5%)、下痢(18.7%、21.2%、23.0%、7.3%)、嘔吐(8.3%、10.7%、12.2%、1.7%)、便秘(16.8%、17.1%、11.7%、5.8%)。有害事象によって治療を中止した被験者の割合は、5mg群4.3%、10mg群7.1%、15mg群6.2%、プラセボ群2.6%でした。
大きな潜在市場
肥満症を対象としたチルゼパチドのP3試験プログラムは、SURMOUNT-1を含む4本のグローバル試験で構成。残る3本の結果が得られるのは来年の見込みですが、リリーはSURMOUNT-1の結果をもとに早期申請を模索しています。同薬は今年5月、米国で2型糖尿病治療薬「Mounjaro」として承認を取得。ほかにも、慢性心不全(HFpEF=左室駆出率が保たれた心不全)や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の適応でも開発が進められていて、英エバリュエートによると2026年に世界で48億200万ドル(約6427億円)を売り上げると予測されています。欧州や日本でも2型糖尿病の適応で申請中です。
肥満治療薬は従来、中枢神経系に作用して食欲を抑える薬剤が中心でしたが、近年はインクレチンと呼ばれるホルモンに焦点を当てた新薬開発が中心となっています。チルゼパチドがターゲットとするGIP(グルコース依存性インスリン分泌ポリペプチド)とGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)はいずれもインクレチンで、海外ではGLP-1受容体作動薬のリラグルチドとセマグルチド(いずれもデンマーク・ノボノルディスク)が肥満治療薬として承認されています。
大型化を予測
肥満の有病率は世界的に上昇しており、現在では世界で6億5000万人以上の成人が肥満を有しているとされる一方、治療を受けているのはごくわずかだと言われます。肥満大国の米国を中心に大きな潜在市場があるとみられ、昨年、肥満治療薬として承認されたセマグルチド(海外製品名・Wegovy)は今年1~3月期に14億デンマーククローネ(約266億円)を販売。エバリュエートによると26年の売上高は39億ドルと予測されています。
WegovyのP3試験「STEP1」で示されたセマグルチドの減量効果は、投与68週時点でマイナス14.9%。単純比較はできないものの、SURMOUNT-1試験で示されたチルゼパチドの体重減少はこれを上回っており、これが同薬が注目を集めているゆえんです。SURMOUNT-1試験の結果が発表された4月28日、リリーの株価は4.3%上昇した一方、ノボは2.4%下げました。
続く新薬候補は
リリーとノボは、チルゼパチドやセマグルチドに続く肥満症治療薬候補を複数、パイプラインに抱えています。
リリーはGIPとGLP-1にグルカゴンを加えたトリプルアゴニスト「LY3437943」のP2試験を実施中。非ペプチドのGLP-1受容体アゴニスト「LY3502970」もP2試験の段階にあります。
ノボはセマグルチドの経口製剤がP3試験段階に控えているほか、PYY(ペプチド-YY)アナログ製剤「PPY1875」のP2試験を進めています。アミリンアナログ/GLP-1アナログは今年後半に計3300人を対象としたP3試験に入る予定です。
新薬登場なら国内では30年ぶり
これら2社以外では、独ベーリンガーインゲルハイムがGLP-1/グルカゴン受容体アゴニスト「BI456906」のP2試験を実施中。英アストラゼネカも同コタデュチドのP2試験を進めています。米ファイザーのGLP-1受容体作動薬ダヌグリプロンもP2試験が進行中です。
国内ではセマグルチド(注射)が申請中で、年内にも承認される見込み。今年発売にこぎつければ、「サノレックス」(マジンドール、1992年発売)以来、30年ぶりの新薬登場となります。このほか、経口セマグルチド、チルゼパチド、ダヌグリプロンも国内で開発が行われており、塩野義製薬は、神経系に多く存在し、食欲亢進作用を持つニューロペプチドYY5の働きを阻害する「S-237648」のP2試験を行っています。
「肥満」と一口に言っても、海外と日本では定義が異なります。WHO(世界保健機関)の国際基準ではBMI30以上が肥満とされている一方、日本肥満学会の肥満症診療ガイドラインでは、脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態でBMI25以上のものを「肥満」(BMI35以上は「高度肥満」)とし、肥満に関連して発症する健康障害があり医学的に減量が必要な状態を「肥満症」と定義しています。
GLP-1受容体作動薬をめぐっては、自由診療のクリニックで美容やダイエットを目的とした適応外使用が行われているとの指摘もあり、メーカーも注意喚起を行っています。新薬登場となれば、今以上に適正使用が課題となりそうです。