4月18日にAnswersNewsに掲載された「重要性増す『エクスターナル・リサーチ』…ニッポンの創薬研究はどこへ向かうのか―Axcelead DDP・池浦社長に聞く」の記事を興味深く読みました。記事の中身は創薬支援サービスを手掛ける側の視点で語られたものですが、製薬企業で創薬研究に携わる者としては色々と思うところがあり、今回はエクスターナル・リサーチとインターナル・リサーチという観点から、日本の創薬研究の近未来について考えてみたいと思います。もちろん、これから書くことはあくまで私個人の考えであり、アクセリードさんの考えを否定するものではないことはあらかじめお断りしておきます。
くだんの記事でも言及されている通り、日本の製薬企業は欧米のそれと比べて圧倒的に規模が小さいのが現状です。国内最大手の武田薬品工業は2020年のシャイアー買収でメガファーマと呼ばれるようになりましたが、それでも米国のファイザーやスイスのロシュなどと比べると大きな開きがありますし、国内では大手と言われている企業でも、武田以外は世界のトップ20にも入れていません。
当然ながら、規模が小さいと出来ることも限られます。私も日々痛感していますが、その最たるものが研究開発費。売り上げの大きい欧米のメガファーマと比べると投資できる額が小さい分、新薬創出に関わる様々な活動に限界が生じます。例を挙げると▽新薬候補をつくっても費用が確保できず臨床試験を(最速で、または複数同時並行で)行うことができない▽最新の知見を検討したり、追究したりするための人材が確保できない▽最新の技術や機器を導入できない――などで、これらは新薬の研究開発をスローダウンさせる要因となります。
自社の強みは何か
そうした状況を打破する戦略として用いられるのが、皆さんもよく耳にするであろう「選択と集中」で、その文脈では必ずといっていいほど話題に上るのが「外部リソースの活用」です。外注できるものは社外に任せるということですが、外注には大きく分けて次の2つの種類があると考えています。
(1)社内では実現できないことを社外に求めるもの
(2)社内でもできることを効率化のために社外に任せるもの
(1)はベンチャーやアカデミアとの連携、同業他社との共同研究開発を想像するとわかりやすいでしょう。(2)はコモデティ化した機能の切り離し・外注化です。これらの考え方は冒頭の記事でも示されていますが、実際、何を自社で行い、何を外注するかを決めようとすると、非常に高度な戦略的判断が求められます。
効率化のために社内の機能を社外のリソースで代替すること自体は否定しません。しかし、効率を求めて外注を重ねた結果、自社のオリジナリティや強みと呼べるものがなくなっていってしまうことは、緩やかな自滅と言っても過言ではありません。
個人的な感覚ですが、近い将来を考える上では、会社を支える強みが少なくとも1つ、できれば2つ以上欲しいところです。そして、それに満足することなく、常に新しい強みを追究し続ける姿勢が重要だと感じています。
強みと言うとややぼんやりとした表現になってしまうので、ここでは「自社しか持ち得ないようなオリジナリティの高いデータを、会社を支える事業レベルで保有し、かつそれを使いこなせるだけの環境や人材を確保できていること」と定義します。この考え方の土台となっているのは「モノを作る国内企業は効率化されたテックにならざるを得ない時代が迫っている」という私の持論です。
先に書いた通り、世界的に見ると日本の製薬企業の規模は大きくなく、最新技術を持つ企業や有望な新薬をバンバン買収できるわけではありません。だからといって、他社の後追いではパイの奪い合いにしかならず、規模で劣る日本企業は不利です。日々、科学が進歩し、新しい技術や方法論が次々と生み出される昨今では、何もせずにぼんやりしているとあっという間に同業他社に差をつけられます。そのため、新しい強みのタネを探索し続けることも欠かせません。
尖った部分を持ち、更新し続けていくには
こうした状況で日本の製薬企業が生き残るためには、可能な限り事業を効率化するとともに、ベンチャー企業のように独自の尖った何かを持ち、それを更新し続けていかなければなりません。
そのためには次の3つの要素が必要になります。
(1)直近で明確な結果が求められる部分とは別に、長期的な検討が軽視されない環境があること
多くの尖った検討は最初は失敗します。日の目を見るまでは売り上げに一切貢献しません。しかし、そこで生まれるデータやノウハウ、知見の積み重ねこそが次の強みをつくります。長期的な検討に多くのリソースを割くことは難しいですが、先を見て独自の技術や人材を育てることをないがしろにする環境からは将来の強みは生まれません。長期的な検討に関わる担当者の役割分担や評価のあり方はアウトプットに大きな影響を与えるため、ここは各社の色が出る部分だと思います。
(2)自社内に実際の検討データを保有していること
(1)にも大きく関わりますが、創薬という生き物を扱う活動では、わずかな試験条件の違いで結果が変わってくることが少なくありません。得られた現象を深く検討し、新たな知見を生み出していくような基礎研究寄りの活動は、自社内で経験してデータやノウハウを蓄積しているからこそ可能となり、それによって新たな技術をつくり出し、使いこなしていくことができるようになるのです。
多くの情報にアクセスすることができる現代では、社外の技術や論文に関する情報を集めることで、壮大な治療仮説を描くことは可能かもしれません。ですが、外部で観測された現象を社内に持ち込んだところ再現しなかった、社内で行っていた業務を社外に委託したらデータの一貫性が失われてしまった、外部データを取り込んだら予測精度が低下した、などといったトラブルはしばしば起こります。私も苦い経験をしたことがありますし、学会などでもこの手の話は耳にします。
もちろん、このような状況になってしまっては効率化など望めません。仮に自社内で実験部分の検討をせず、ほぼすべての操作を外部に委託するのであれば、方針を決める側と実験を行う側で相当密な連携が必要になることは想像に難くありません。
つまり、治療につながる生物学的な現象を理論的に説明するには、自社内もしくは緊密に連携した外部との検討を通じて再現性を持って積み上げられたデータやノウハウが非常に重要なのです。エクスターナル・リサーチの活用には、データの再現性や一貫性が失われてしまうリスクが潜んでおり、「どこまで自社でやるべきか」という問題が常について回ることは意識しておく必要があります。
(3)外部との連携の機会が確保されており、現場の研究員の目線で関われる環境があること
限られたリソースの中で新たな技術を興すには、アカデミアやベンチャーなど外部の技術をヒントに研究をスタートさせたり、事業活動を効率化する仕組みをつくったりすることももちろん重要です。こうしたことを考えると、エクスターナル・リサーチの活用は非常に重要であると言えるでしょう。
外部の技術や知見を取り込む際には、知識を持った現場の研究員が検討・検証できる環境が必要です。そうしないと、何だかよくわからないものを掴まされたり、逆に本当はすごい技術なのに適切に使いこなせなかったり、といった状況になりかねません。最新の知見に明るい現場の人材を育成していくことは必須であり、外注に頼っていては人材は育ちません。
会社のエラい人たちの目線で「自社の方針と一致する」とか「他社もやっているからウチも」という理由で将来のアクションや社外パートナーを選んでいるようでは、他社を出し抜くような強みを持った製品は生まれません。
共存共栄していくために
つらつらと思うところを書いてきましたが、日本の製薬企業の創薬研究の近未来について、私の考えをまとめると次のようになります。
▽強みがないと生き残れない。
▽強みの本質は「自分たちしか持っていないオリジナルのデータ」であり「それを使いこなすための現場の知の積み重ね」である。
▽エクスターナル・リサーチで生み出されたデータと社内データとの間の再現性や一貫性の確立は大きな検討事項であり、「どこまで社内でやるか/どこから社外に出すか」は非常に大きな問題である。
▽強みを育てる土台がないことは緩やかな衰退と同義。すべてを外に任せるのではなく、しっかりと強みを育てられる環境を構築すべき。
▽外部連携の際には、社外技術を適切に評価し、使いこなすための知見を積み重ね、人材を育てておく必要がある。
エクスターナル・リサーチを手掛ける立場としても、研究開発型の企業が衰退してしまえば大口の顧客を失うことになります。両者が共存共栄するためには、それぞれがどこまで担い、何を意識すべきなのか、互いに考えていく必要があると感じています。
ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。 Twitter:@chemordie ブログ:http://chemdie.net/ |