相次ぐ品質不正問題をきっかけに、後発医薬品の供給不安が続いています。揺らぐ医薬品製造への信頼を回復するにはどうすればいいのか。デロイト トーマツ コンサルティング執行役員の増井慶太氏、同社マネジャーの北里渉氏、Veeva Japan クオリティストラテジー ディレクターの中西康夫氏に議論してもらいました。(聞き手はAnswersNews編集長・前田雄樹)
パンドラの箱を開けるとき
前田:一部メーカーで相次いだ品質不正をきっかけに、後発医薬品の供給不安が起こっています。影響は長引いており、解消にはなおも時間がかかりそうですが、問題の背景をどのように見ていますか。
増井:ポイントとしては4つあると思っています。1つはAPIの調達を中国など特定の国に強く依存していること。2つ目は後発品メーカーのガバナンスの欠如で、これに関連して3つ目はITを含むインフラの整備が間に合っていないこと。4つ目は、薄利多売で利益を出すビジネスモデルの中で、開発や製造にしっかりと投資がなされていない、あるいはそうした意識やインセンティブが働かないことです。ここには、薬価など構造的な問題も絡んでいる一方、メーカーにも大きな問題があると思っています。こうしたことが一気に顕在化した結果が、現在の状況なのではないでしょうか。
中西:大きな流れとしては2つあると思います。1つは2005年の旧薬事法(現医薬品医療機器等法)の改正・施行です。このとき「製造業」と「製造販売業」が切り離され、共同開発や製造の全面的な外部委託が解禁されましたが、これによって一部メーカーは独自の考えで品質保証を行い、必ずしも製造現場に精通していない製造販売業者は品質を管理できなくなった。もう1つは価格プレッシャーです。後発品の普及は医療費の削減が目的なわけで、薬価も下がる中、メーカーも「安く作ろう」という方向に進まざるを得なかったんだと思います。
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品質にしわ寄せ
北里:製造はどうしてもコストセンター的な見られ方をされるので、後発品のようなビジネスモデルだとしわ寄せがきてしまいますよね。どんどん作れ、でも投資はしないと言われると、じゃあQCD(品質、コスト、納期)のどれを落としますかということになる。利益を考えればコストと納期は落とせないので、結果として品質が犠牲になってしまっている面があると思います。
中西:生産量を増やせと言われれば、現場は2交代を3交代にするとか、改善によって少しプロセスを短くしようかとか、そういうことを考えるわけです。「ここを変えれば効率が上がる」とわかっていても、一変申請を出して承認され、現場で適用されるのは約1年後。そのため、フル稼働の中、一変申請を出さずに変更可能と判断できるところを狙っていくわけですが、その判断が徐々に甘くなってしまったということですよね。
増井:パンドラの箱を開けなければならないタイミングなのだろうと思っています。エッセンシャルドラッグの製造現場が抱えている課題を解決するには、今のプロセスやオペレーションを徹底的に可視化し、改善を加え、効率化していくことが不可欠です。さらには高度化。連続生産も徐々に実装されようとしていますが、工程自体をバリューアップすることで、作れるプロダクトの数やボリュームを向上させていく。もう1つは産業構造の改革です。メーカーの数、さらにはエッセンシャルドラッグのSKU(ストック・キーピング・ユニット)が多すぎて、誰も得をしない非効率な状況になっています。こうしたところにテコ入れしていかないと、患者は明日飲む薬も貰えないような世界になってしまいます。
(左から)Veeva Japanの中西氏、デロイトトーマツコンサルティングの増井氏、北里氏
BX+DXが必要
前田: 効率化、高度化という話が出ましたが、メーカーとしては具体的にどのようなことに取り組むべきでしょうか。
増井:BX(ビジネストランスフォーメーション)とセットになったDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要だと思います。
中西:従来、製造の効率化と品質保証はトレードオフだと考えられていて、品質保証を優先すれば効率にしわ寄せがいっていました。DXによって、それらがトレードオフでなくなる世界がようやく訪れると思っています。現場が製造すれば、データが自動で収集・集約され、品質を保証してくれる。そんな世界になれば、患者さんに必要な医薬品を迅速に届けられるし、それだけでなく、従業員や会社を守ることにもつながります。
北里:そうした世界にジャンプアップしようとするなら、今やっていることをそのままデジタルに置き換えるだけでは難しい。「今の手順書をそのままシステムに乗せてください」だと、結局やっていることは同じなのでミスも起こりやすいシステムになるので。
中西:そうなんです。製薬企業の人たちって、今のやり方をひたすら守ろうとするんですよね。「これが決まったやり方ですから」「GMPではこうです」って。でも、「それって本当にGMPですか?」「誰がそんなこと言ってるんですか?」と深掘りしていくと、案外そうでもなかったりする。変えられないと思い込んでいるんですよね。
増井:DXを進めようとするなら、今のオペレーションや業務をゼロベースで見直して、じゃあどうしたらいいかということを考えないと、結局は変わらない。あとになってまたポロポロと問題が出てくると思います。
北里:メーカーがDXを進めるとき、何も自社だけで頑張る必要はないと考えています。システムベンダーはもちろん、同業他社とも知恵を出し合って進めるということが、この業界はできると信じています。
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デジタルでプロアクティブな対処が可能に
前田:DXによって品質問題は排除できるのでしょうか。
中西:100%は無理です。ただ、問題の根底は単純な人為的ミスであることがほとんどだと思うので、そこはデジタルの力でかなり防げるようになると思います。一部メーカーでは悪質な不正もありましたが、昨今の状況で改善には向かっていると思うので、あとは人のミスをいかに排除するか、当局への報告漏れをいかになくすかということになってくる。DXが進み、データや事例が蓄積していくと、何か逸脱やトラブルが起こった際、過去に同じような事例はなかったか、あったとすればどのように対処したのかといったことや、当局に報告すべきかどうかといったことをシステムが教えてくれるようになると考えています。実際、Veevaでは、外資系大手製薬企業と共同で、AIと自然言語処理を使って関連する過去の逸脱案件を検索するシステムを開発し、昨年実装しました。
北里:品質問題にはいろいろなパターンがありますが、記録の不備といったようなことはデジタル化で発見しやすくなりますし、逸脱事象によって供給が止まってしまうようなケースも、データ化することでトレンドをつかみ、事前に手を打てるようになると思います。デジタル化が進んだとき、大事なのがオペレーターの意識です。デジタル化・自動化が進むと「ただボタンを押せばいい」と考えてしまいがちですが、そうではなく、より深く工程を理解するための機会ととらえる必要があると考えます。デジタル化で可視化された「実際の工程で起こっていること」を読み解き、工程を改善していくということを理解しなければ、デジタルも本当に役立つものにはなりません。
中西:製造トラブルへの対処には、問題が起こったときに対処するというリアクティブの考え方と、問題が起こる前に対処するというプロアクティブの考え方があります。これまではデータがエクセルや紙ベースで保管されていたので、データを十分に活用できず、リアクティブにならざるを得ませんでした。しかし、データを完全に電子化して1つのプラットフォームに集約する世界がくると、データドリブンでプロアクティブな対応ができるようになる。そんな世界が、この2~3年で一気に加速していくと思っています。
クオリティカルチャーを浸透させるには
前田:一部メーカーの品質不正問題に関する調査報告書を見ると、企業風土や経営陣・従業員の意識の問題も指摘されています。DXを進める一方で、こうした課題にはどう対応すべきでしょうか。
中西:クオリティカルチャーを浸透させるには2つの方法しかないと思っています。1つはトップの覚悟。クオリティカルチャーにボトムアップはありえないと思っていて、経営陣が製造現場に対して積極的にメッセージを出していく必要があります。もう1つは現場への介入です。品質保証も本社にいるだけではなく、工場に行って、どうやって作っているのか自分の目で見る。ここまでやらないとダメだと思うんですよね。そして、経営陣もそこに対して投資をし、人員を割くことが必要です。トップがメッセージを出し、実際にそこに投資をする。これがクオリティカルチャーを浸透させる唯一の方法で、画期的なやり方はないと思っています。
増井:トップダウンは重要ですね。経営陣は、製造をコストセンターとして見るのではなく、ここに目配せをしないと会社が終わるということを認識するとともに、発信していかなければなりません。マネジメントにはクオリティカルチャーを作っていく責任がありますし、クオリティストラテジーをつくり、それを社外に発信していくことについても検討が必要です。
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信頼回復には徹底的な「見える化」
前田:品質への投資が必要という点については全く同意ですが、一方で後発品は価格勝負の側面もあり、品質への投資を競争優位性につなげていくかが課題です。その点についてはどう考えますか。
増井:そこも「見える化」してしまえばいいと思うんですよね。「われわれの製品の欠品率はこれくらいで、業界全体で見るとこれくらいの順位です」と。ここまでやりきれれば、そのメーカーはマーケットで受容されると思います。「品質や安定供給について、われわれはこんな施策を行い、成果としてはこういう数字です」ということを公表するメーカーが出てくれば、追随するところも出てくるかもしれません。出せる情報を積極的に開示することによって、あまねくステークホルダーからの「信頼」を獲得するとともに、競争優位性を高めていったほうがいいのではないでしょうか。経営者からすると勇気のいる意思決定かもしれませんが、一部新薬メーカーでは検討している事例もあるかと思います。
中西:かつては原薬の調達先を公開するなどもっての外でしたが、今はオープンにするのが普通になっていますよね。信頼回復には、徹底的な見える化をやるしかありません。
増井 慶太(ますい・けいた)デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。
北里渉(きたざと・わたる)デロイト トーマツ コンサルティング合同会社マネジャー。外資系製薬企業を経て現職。製薬企業の信頼性保証領域や生産機能を中心に、組織・業務プロセスの改革やIT戦略構築プロジェクトなどに従事。京都大大学院工学研究科卒業。 中西康夫(なかにし・やすお)Veeva Japan株式会社クオリティストラテジー ディレクター。外資系製薬企業(製造・サプライチェーン)、複数の米系総合コンサルティングファームを経て現職。ライフサイエンス企業の信頼性保証をめぐる課題への対応方針をクライアントと協働で検討しながら、Veeva製品が貢献可能な領域を見極め、機能実装を支援。京都大大学院工学研究科卒業。 |