[ロイター]ロシアによる侵攻から逃れるため、ウクライナから数百万もの人が近隣国に避難する中、製薬企業はこの地域で臨床試験に参加している患者に治験薬を届けようと奔走している。
ウクライナやロシアは、新薬開発にとって重要な国となっている。専門家によると、ロシアとその周辺国で臨床試験に参加する人は、世界全体の10%を占めると推定される。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2週間たったが、紛争は食料、水、医薬品へのアクセスを制限し、攻撃によって大都市の病院が破壊されるなど、深刻な人道危機を引き起こしている。ウクライナからは200万人以上が避難した。WHO(世界保健機関)のマイク・ライアン非常事態担当部長は「ウクライナの保健医療システムは紛争と危機に飲み込まれつつある」とし、「一部の病院は機能を失い、当局によって放棄されていることがわかっている」と話した。
ロシュ 近隣国で受け入れ先探す
ウクライナで臨床試験を行っている製薬企業のうち、米メルクやスイス・ロシュは被験者に治験薬を届け続けるための方法を検討している。ウクライナでは、両社合わせて約100の臨床試験が行われている。
米ファイザーを含め、少なくとも7社の製薬企業が同地域での臨床試験や被験者登録に支障が生じているとしているが、全容はわかっていない。調査会社グローバルデータによると、ウクライナでは現在、502の臨床試験が走っている。
ロシュだけでも同国で32の試験が進行中で、これは同社のグローバル試験の1.5%を占める。同社の広報担当者は、ポーランド、スロバキア、ルーマニアなどの近隣国で患者を受け入れてくれる施設を探しているとし、「患者の置かれた状況は非常に厳しく、ウクライナを離れて他国に避難した場合も含め、治療への継続的なアクセスの確保に取り組んでいる」と電子メールで答えた。
米CRO大手のラボラトリー・コーポレーション・オブ・アメリカによると、同社が首都キエフで運営する診療所への被験者の訪問は2月21日の週からキャンセルされているという。
米CROのベロシティ・クリニカル・リサーチは現在、欧州で事業を展開していないが、同社のポール・エバンスCEO(最高経営責任者)によると、2014年にロシアがクリミアを併合したときも同様の危機が発生したという。エバンス氏は「ただし、当時は全面的な戦争状態ではなかった」とし、現在ウクライナで臨床試験を行うのはほぼ不可能だと指摘。「ロシアで実施中の試験は終わらせることができるかもしれないが、新たな試験を始めるには阻害要因が多い」と話した。
被験者募集は中断
製薬企業は複数の国にまたがって臨床試験を行うことが多い。ウクライナやロシアは、臨床試験への参加に積極的な患者が多く、米国や西欧に比べてビジネスコストも低いことから、試験の実施場所として注目されてきた。
ジェフリーズのアナリスト、クリス・ハワートン氏は、ウクライナでの臨床試験は、治験薬だけなく対照群として使われる医薬品へのアクセスも提供していると強調。戦争が長引けば患者登録を続けている試験もほかの地域に移るとの見通しを示した。
メルクはウクライナで60近い臨床試験を行っており、これは同国で活動している製薬企業の中で最も多い。同社はウクライナとロシアで新規の患者登録を中断しているといい、商業的な顧客だけでなく臨床試験に登録した患者にも医薬品を届けるよう尽力しているとしている。
各国が行っているロシアへの経済制裁には医薬品は含まれない。グローバルデータによると、ロシアでは842の臨床試験が行われており、世界6位の臨床試験実施国となっている。ただ、複数の専門家は、国外の治験責任医師が入国する航空便がないなど、ロシアで臨床試験を続ける上での課題を指摘している。
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米ジョンソン・エンド・ジョンソンは、ウクライナとロシア、ベラルーシで新規患者のスクリーニングと登録を中断したと発表した。ファイザーはウクライナで27の臨床試験を行っているが、新規患者の募集を一時停止した。
米国の医薬品開発会社カルナ・セラピューティクスは、主力の統合失調症治療薬の治験について、ウクライナでの患者登録を停止した。同社のスティーブン・ポールCEOはロイターに対し、必要なら米国で患者を追加募集する可能性があると語った。米トリシダは、今年第3四半期に予定していた腎臓病治療薬の治験データの発表を第4四半期に先送りした。
ベロシティのエバンスCEOはこう話す。「ウクライナでは社会が完全に崩壊している。そんな紛争地域で臨床試験などできるはずがない」
(Manas Mishra、翻訳:AnswersNews)