武田薬品工業が、この1年でがん免疫療法を開発するベンチャー企業の買収を3件発表しました。強化するのは、自然免疫をがんに誘導するアプローチ。他家細胞療法やT細胞エンゲージャーなどで複数のプラットフォームを開発中です。25年以降の承認を想定する開発初期のパイプラインには、免疫応答にアプローチする薬剤も含めて9つの開発品が並んでいます。
ノン・コア資産売却から一転「リダイレクト免疫」強化
武田薬品工業が、がん免疫療法のパイプライン強化へ投資を加速しています。
2019年のシャイアー買収で膨らんだ負債を圧縮すべく国内外でノン・コア資産の売却を続けてきましたが、ここ1年で相次いでがん免疫療法を手掛ける企業3社(米マーベリック・セラピューティクス、英ガンマデルタ・セラピューティクス、英アダプテート・バイオセラピューティクス)を買収すると発表。いずれも数年前から共同研究を続けてきた企業で、その成果を踏まえてオプション権を行使する「build to buy」の買収となります。
武田が買収で研究開発を加速させるのは、がん免疫療法の中でも同社が「リダイレクト免疫(Redirected Immunity)」と呼ぶ分野です。これは、NK細胞やγδT細胞といった自然免疫細胞を集めてがんを直接攻撃するアプローチ。武田は、他家細胞療法や抗体を用いた治療法(細胞誘導抗体)を開発しています。
他家細胞療法は、既製化が可能で、細胞投与までのブリッジング療法が不要なため、現在主流の自家細胞に比べて治療へのアクセスを向上させることが期待される治療法です。武田は大きく3つのプラットフォームで開発を進めています。
固形がんと血液がんの両方に効果を期待するのが、今年4~6月に買収完了を予定するガンマデルタの同種可変デルタ1ガンマ・デルタT細胞(Vδ1γδT細胞)療法プラットフォームです。γδT細胞とは、通常のT細胞と異なるT細胞受容体(γδ型T細胞受容体)を発現するT細胞で、Vδ1+γδT細胞はそのサブタイプ。γδT細胞はがん細胞上の幅広い抗原を認識でき、抗原特異的でない抗腫瘍活性を発揮します。両社は17年から血液由来と組織由来のプラットフォームを開発してきました。
昨年9月には、血液由来のVδ1γδT細胞療法「GDX012」について、ガンマデルタが急性骨髄性白血病を対象とする臨床第1相(P1)試験を開始。これを含む開発初期段階のプログラムが武田のパイプラインに追加される見通しです。
別のプラットフォームをもとに開発しているのが、米テキサス大MDアンダーソンがんセンターと進める「TAK-007」。IL‒15で武装化した臍帯血由来のキメラ抗原受容体を発現したNK(CAR NK)細胞で、IL-15の働きによってNK細胞がもともと持つ腫瘍殺傷作用を強化しています。
TAK-007は現在、「CD19陽性の再発・難治性の非ホジキンリンパ腫/慢性リンパ性白血病」を対象に23年度のPOC取得を目指してP1/2試験を実施中。凍結保存が可能なため、外来での使用も想定される製品候補です。
このほか国内では、京都大iPS細胞研究所(CiRA)との共同プログラム「T-CiRA」でiPS細胞由来のCAR-T細胞療法などを開発中。20年には、米ボストンの拠点にcGMP対応の製造施設を開設し、これらのプラットフォームの創薬段階からP2b試験までの細胞医薬は同施設で製造しています。承認後、各製品の製造は、米マサチューセッツ州レキシントンの施設で行われる予定です。
がん微小環境で働く2つの細胞誘導抗体
細胞誘導抗体(細胞エンゲージャー)によるアプローチでは、固形がんに対する2つのプラットフォームを開発しています。
その1つが、昨年4月に買収したマーベリックと共同で開発してきた二重特異性T細胞誘導療法の基盤技術「COBRA」。COBRAは、固形がんの微小環境で活性化されるよう設計された、半減期を延長したT細胞誘導抗体。T細胞によるがん細胞の認識力と攻撃力を向上させ、正常な組織への毒性を抑えるようデザインされています。
COBRA技術を使ったパイプラインでは、EGFR発現の固形がんを対象に「TAK-186」のP1/2試験を5月に開始。B7H3発現がんに対する「TAK-280」も臨床入りを間近に控えています。
さらに、マーベリックとの取り組みを補完するのが、アダプテートから獲得予定の抗体ベースのγδT細胞エンゲージャープラットフォームです。アダプテートは、ガンマデルタのスピンアウト企業で、英投資会社Abingworthと武田の出資で19年に設立されました。同社の治療薬は、がん微細環境内のVδ1γδT細胞の活性を選択的に調整する抗体がベース。正常な細胞を傷つけないよう設計されています。
γδT細胞の分野では、γδCAR-T細胞療法を開発する米アディセット・バイオや、Vγ9Vδ2T細胞エンゲージャーを開発するオランダのLAVAセラピューティクスなどが臨床開発を進めています。アダプテートの買収は、ガンマデルタと同じく今年4~6月の完了を想定。武田は2社を取り込むことでγδT細胞をベースとする治療法の開発をリードしたい考えです。
「ウェーブ2」に9つのパイプライン
武田は昨年9月、24年度までの承認を見込む「ウェーブ1」のパイプラインでがん領域初の製品となるEGFRエクソン20挿入変異陽性非小細胞肺がん治療薬「EXKIVITY」(一般名・mobocertinib)の承認を米国で取得。一方で、22年度の承認を見込んでいたNAE阻害薬pevonedistatは高リスク骨髄異形成症候群を対象としたP3試験で主要評価項目を達成できず、骨髄異形成症候群と急性骨髄性白血病での申請を断念しました。
EXKIVITYの1次治療への適応拡大を23年度に控えていますが、がん領域での同社の今後のプレゼンスを左右するのは「ウェーブ2」と位置付ける開発初期段階の品目。22年2月現在、買収で強化した「リダイレクト免疫」から4つ、「Cold to Hot」から5つの開発品が初期のパイプラインに並んでいます。
リダイレクト免疫では、他家細胞療法のTAK-007、T細胞誘導抗体のTAK-186に加え、自家細胞療法の「TAK-940」「TAK-102」がラインアップ。前者は米メモリアルスローンケタリングがんセンター、後者はノイルイミューンと開発している新規のCAR-T細胞療法です。
インターフェロンに作用する2剤を自社開発
「Cold to Hot」は、体内の免疫応答をColdからHotに変えることで免疫細胞の攻撃を活性化させるアプローチ。自然免疫を増強する薬剤や、腫瘍微小環境を破壊する腫瘍溶解性ウイルスを開発しています。
このうち、イスラエル・テバから導入した「TAK-573」(modakafusp alfa)は昨年、多発性骨髄腫の単剤療法でPOCを取得しました。同薬は抗CD38抗体と活性減弱インターフェロン(IFN)αの融合タンパクで、インターフェロンの毒性を抑えながら免疫応答を導く免疫サイトカイン療法。テバとは、CD38ではなく先天性免疫の標的に結合する次世代製品の開発も行っています。
加えて、武田が期待をかけるのがSUMO阻害薬「TAK-981」(subasumstat)とSTING作動薬「TAK-676」。ともに自社で開発を進める品目で、インターフェロンの働きを促し、免疫応答を誘導する薬剤です。
TAK-981は、内因性IFNシグナル伝達のブレーキを取り除き、IFNα/βを増加させる作用を持つ薬剤で、自然免疫と適応免疫の両方を活性化します。22年度中のPOC取得を目指し、血液がんと固形がんを対象としたP2試験を実施中。抗体医薬や免疫チェックポイント阻害薬との併用も期待されており、抗CD20抗体リツキシマブや抗CD38抗体ダラツムマブ、抗PD-1抗体ペムブロリズマブとの併用試験も行われています。
TAK-676は、インターフェロン遺伝子刺激因子(STING)に働きかけてインターフェロン経路を調整する薬剤。同薬は固形がんを対象としており、単剤とペムブロリズマブ併用療法の試験が行われています。さらに、TAK-676をペイロードとする抗体薬物複合体(ADC)「TAK-500」がまもなく臨床に移行する見込みです。
武田はかねてから、米ミレニアムや米アリアドなど、買収を重ねてがん領域を強化してきました。今回、新たな買収で加速させるがん免疫の分野は、海外大手も居並ぶ激戦区。開発をリードし、主導権を握ることができるか、投資の成果が注目されます。