国内で今春、世界的なバイオクラスターの形成に向けた動きが本格化します。産学官のバイオ関連機関が集積・連携する国際拠点の形成を目指す政府は、4月をめどに東京圏と関西圏の2地域を「グローバルバイオコミュニティ」として認定する予定。2地域では昨年、牽引役となるネットワーク機関が発足していて、すでに活動を始めています。
重要性増す「エコシステム」
バイオ分野では11年ぶりの国家戦略として政府が2019年に策定した「バイオ戦略2019」では、「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現」を目標に掲げ、それに向けた戦略の柱の1つとして「国際バイオコミュニティ圏の創出」を打ち出しました。さらに、続く20年の「バイオ戦略2020」では、政府がコミュニティの成熟度を評価し、認定したコミュニティに対して成長に向けた支援を重点的に行う仕組みを創設。同戦略では、国際的なバイオコミュニティを形成するにあたって「必要な機能を集積できる潜在力がある都市圏」として、東京圏と関西圏を挙げており、政府はさまざまな施策を動員してコミュニティの成長・発展を支援していくとしています。
国がバイオコミュニティの形成に乗り出すのは、イノベーションの担い手が多様化し、水平分業が進む昨今、創薬においてもさまざまなプレイヤーが有機的につながる「エコシステム」の重要性が増しているからです。海外には、ボストン(米)、シリコンバレー(同)、ロンドン(英)、サンディエゴ(米)といった大規模なクラスターが存在し、世界中からヒト・モノ・カネを集めてイノベーションを絶え間なく生み出しています。
代表格として知られるボストンには、ハーバード大やマサチューセッツ工科大、タフツ大といった世界有数の大学を中心に、メガファーマからスタートアップまで500のライフサイエンス企業が集積(2020年時点)。トランスレーショナルリサーチを担う中核病院も複数立地し、ベンチャーキャピタルやインキュベーター組織、アクセラレーターといったプレイヤーも入り混じって一大拠点を形成しています。新型コロナウイルスワクチンをいち早く実用化した米モデルナも、この地で生まれたバイオテック企業の1つです。
ボストンでは、先に挙げた世界有数の大学群が知識・人材の供給源となり、1970年代から80年代にかけてバイオジェンやジェンザイムといったバイオベンチャーが相次いで設立。90年代から周辺のベンチャーキャピタルによる投資が活発化し、2000年以降になると複数のメガファーマが拠点を置くようになりました。マサチューセッツ州もエコシステムの発展を政策的に後押ししており、08年施行の「マサチューセッツ州ライフサイエンス法」では、▽スタートアップへの融資▽人材育成▽インフラ整備▽税制優遇――などに10年間で10億ドルを拠出。取り組みは18年に5年間の延長が決まり、拠出額も最大5億ドル上積みされました。
存在感乏しい日本
一方、日本にはボストンのようにイノベーションハブとして世界的な認知を獲得している都市はありません。
米調査会社スタートアップ・ゲノムがまとめた2021年のライフサイエンス分野のスタートアップ・エコシステム・ランキングでは、上位10都市のうち8つを米国の都市が占める一方、日本は東京の25位が最高。アジアでも上海やソウルなどの後塵を拝しており、存在感を発揮できていません。東京はライフサイエンス以外の分野も対象に含めた同様のランキングで9位に入っているだけに、ライフサイエンス分野での遅れは特に目立ちます。
国内でも近年、▽神戸市の神戸医療産業都市(1998年~)▽川崎市の殿町国際戦略拠点キングスカイフロント(2011年~)▽東京と大阪に拠点を置くライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J、16年~)▽神奈川県藤沢市の湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク、18年~)――など、各地でクラスターの形成が進んでおり、活動も活発化しています。いち早く関連産業の集積を進めてきた神戸医療産業都市は、382の企業・団体が進出し、1万2000人近くが勤務する国内最大級のクラスターに成長。武田薬品工業の湘南研究所を開放する形でオープンした湘南アイパークでは、20年度に行われた参画企業間の新規コラボレーションが前年度の6.4倍に増え、資金調達額も22.5%増加しました。
一方、「これまでのクラスターは、一つひとつの単位が小さく、広がりを欠いていた」と指摘するのは、バイオインダストリー協会の永山治理事長(中外製薬名誉会長)です。東京圏のコミュニティ形成の牽引役を担うネットワーク機関「Greater Tokyo Biocommunity(GTB)協議会」の会長も務める永山氏は、グローバルバイオコミュニテイについて「面を広げることでプレイヤーが増え、(協業の)選択肢が広がり、新たなオポチュニティが見えてくる」と話します。
グローバルバイオコミュニティは、東京圏、関西圏ともに半径100キロメートルほどの範囲が想定されています。東京圏の場合、多くの関連企業や研究期間が集まる東京を中心に北はつくばから南は湘南までを含み、関西圏には大阪、京都、神戸といった都市が含まれます。広域化を通じて発展性を高めることで、海外の有力バイオコミュニティと伍するエコシステムを構築し、世界で存在感を発揮していくのが狙いです。
「コミュニティを触媒としてヒト・モノ・カネの好循環を生み出し、さまざまなプレイヤーの有機的な連携を促進することで日本のバイオ産業の競争力強化を図る」。GTB協議会の永山会長はこう話します。科学技術の分野で日本の国際競争力の低下が叫ばれる一方で、国内にはまだまだ有望なシーズがあります。グローバルバイオコミュニティには、こうしたシーズをコミュニティ内の多様なプレイヤーの連携によっていち早く実用化し、世界に発信していく役割が期待されます。