低分子薬品と抗体医薬に続く3本目の柱として中分子創薬に取り組んでいる中外製薬。10月には最初の候補品であるRAS阻害薬が臨床試験に入りましたが、ほかにも30近い候補品が研究段階に控えています。12月13日、同社はR&D説明会を開き、中分子創薬の取り組みについて初めて具体的に明らかにしました。
INDEX
細胞内の「タフターゲット」に照準
中分子医薬品は、分子量500以下の低分子医薬品と分子量15万程度の抗体医薬の間に位置付けられる医薬品。▽細胞内の標的を狙える▽標的特異性が高い▽化学合成で製造可能▽経口投与が可能――といった特徴があり、低分子と抗体のメリットを併せ持つ次世代の医薬品として期待されています。
中外製薬は2016年1月に公表した中期経営計画で中分子創薬への参入を表明。以来、基盤技術の開発を進めてきました。中外は低分子と抗体を強みとしていますが、抗体が標的にできる細胞外の分子も、低分子が結合できるポケットを持つ分子も、それぞれタンパク質全体の20%程度にとどまるとされます。中外の飯倉仁研究本部長は12月13日に開かれた同社のR&D説明会で「既存のモダリティでは創薬したくてもできない領域がたくさんある。特に、細胞の中にあり、かつクリアなポケットがないタンパクは既存の創薬では難しい。これにアプローチすることを目的とした技術開発が、中外の中分子創薬だ」と話しました。
研究段階に30近い候補品
この日の説明会では、中外が研究開発を進めている中分子医薬品のポートフォリオが明らかにされました。開発しているのはすべて環状ペプチドで、今年10月には、がん細胞の増殖などに関与するRASタンパク質を阻害する「LUNA18」が同社初の中分子医薬品として臨床第1相(P1)試験を開始。ほかにも、がんや免疫疾患を中心に26の候補物質が研究段階にあり、2~3年後には2番目のプロジェクトが臨床試験入りする見込みです。
開発を進めている中分子医薬品のほとんどが、既存のモダリティではアプローチできない、いわゆる細胞内のタフターゲットを標的としたものですが、標的分子に対して低分子とは異なる部分に結合させることで薬効の増強を狙ったものや、抗体医薬から経口薬への置き換えを企図して細胞外の分子をターゲットとしているものも含まれます。
中分子創薬では、シンガポールの研究子会社「中外ファーマボディ・リサーチ」に年間20標的以上のスクリーニングができる体制を構築。中分子のテーマ数はすでに低分子の3倍になっているといいます。来年10月に完成する新研究所「中外ライフサイエンスパーク横浜」には、中分子創薬で重要となる特殊製剤の専用棟を設けて技術開発を加速させるとともに、藤枝工場への設備投資を通じて25年には初期の臨床開発から商用生産まで一貫して自社で行える体制が整う予定です。
乗り越えた二つの壁
環状ペプチド創薬を基盤技術としてプラットフォーム化するには、二つの大きな課題があったといいます。一つは、低分子薬でいう「Rule of 5」のように「薬らしい性質」を規定すること。もうひとつは、「薬らしい性質」を満たす非天然型ペプチドのディスプレイ・ライブラリを構築することでした。
Rule of 5は経口薬として適正な化合物の性質を経験則から導いた法則で、1997年に提唱されました。それ以来、低分子創薬の効率性は飛躍的に向上しましたが、中外は環状ペプチド創薬でこれと同じようなことをやろうとしたわけです。
ケミストリーとバイオの強み生かせた
中外はこれまでも、Rule of 5を超えた分子量500以上の領域での創薬に取り組んでおり、実際に経口GLP-1受容体作動薬「OWL833」(分子量883、導出先の米イーライリリーがP2試験を実施中)などを創出してきました。しかし、この領域にはRule of 5のようなガイドラインがないため手探りで進めるしかなく、OWL833の場合、1つの化合物を臨床試験入りさせるために4000種類の化合物をつくったといいます。中外は今回、環状ペプチド創薬を進めるにあたって、膨大な数の環状ペプチドを合成・評価し、薬らしい性質を半定量的に規定しました。
次の課題は、そうした薬らしい性質を満たす非天然型ペプチドのディスプレイ・ライブラリを構築することです。飯倉研究本部長は「これが想像以上に高度で、もうダメかと思った」と振り返ります。説明会では具体的な技術の説明はありませんでしたが、中外が強みとするバイオテクノロジーを活用することで、結果的に10の12乗種類という多様性を持った、薬らしい非天然型ペプチドのライブラリ構築に成功しました。
従来のペプチド創薬は、強力な活性を持つ天然型ペプチドに膜透過性や代謝安定性といった性質を付与しようと多くの変換を加えた結果、活性が低下してしまうのが課題の一つでした。薬らしい性質をあらかじめ規定し、それを満たすライブラリを構築しておけば、薬らしさを持ったヒット化合物を得られ、大きな構造変化なく薬にすることが可能になります。創薬のスピードはすでに低分子のそれを上回っているといい、飯倉研究本部長は「メディシナル・ケミストリーとバイオテクノロジーの両方を持っている強みを生かすことができた。プラットフォームになりつつあり、いくつものプロジェクトが進んでいるので、いち早く患者に届けたい」と話しました。