令和初の総選挙となった先月の衆院選は、自民・公明の与党が過半数を大きく超える議席を確保する結果となりました。衆院選は政権選択選挙であり、民意は自公政権の継続を選んだわけですが、その一方で、与野党ともに大物議員の敗北や落選が相次ぎ、世代交代を求める有権者の強い意思を感じた選挙でもありました。
象徴的だったのはやはり、自民党の幹事長でありながら小選挙区で立憲民主党の新人に破れた甘利明さんでしょう。甘利さんといえば、衆院解散からさかのぼること1カ月ほど前、研究者の海外移籍に「国益は?と怒りを覚えます」とツイートし、非難の声が殺到したのを記憶している人も多いかもしれません。
光触媒の発見者でノーベル賞候補ともいわれる研究者がチームごと中国の大学に移籍しました。国益は?と怒りを覚えますが、研究者は純粋な探究心が行動原理でより良い研究環境を求めます。半分は国家の責任です。だから私が運用益を研究費に充てる10兆円の大学研究支援基金の創設を提唱したんです。
— 甘利 明 (@Akira_Amari) September 4, 2021
このツイートにこそ多くの研究者が怒りを覚えたわけですが、元研究者である私も怒りを通り越して呆れました。特に「半分は国の責任です」の部分に対しては、「いやいや、100%国の責任ですよね」と思わずにはいられなかったのです。
「どうやったら日本で研究してもらえるのか」という視点が足りない気がしてならない
甘利さんも認めているように、アカデミアにいる研究者の多くは、自らの探求心に従ってより良い研究環境を求めます。その結果、海外に移籍する研究者に対して「怒りを覚える」と言われても、「日本にそんな研究環境はありませんから」とお答えするしかありません。
国が科学技術立国を目指すと言うのであれば、日本のみならず海外の研究者までもが「日本でぜひ研究をしたい」と思えるような、魅力的な環境を整える施策をとらなければならなかったのです。イノベーションの担い手である研究者は、今や世界中で取り合いになって久しいという状況を理解しておく必要があります。
私自身、アメリカの国立がん研究所にポスドク留学した際、日米の研究環境の違いを肌で感じました。実験動物の世話、器具の洗浄、研究資材の購入など、研究を支援してくれるスタッフがたくさんいて、研究者は自身の研究に集中することができる上、各国から集まる研究者との交流を通じてネットワークを広げることもできました。
日本ではアカデミアに正規の研究ポストが少なく、研究者としてのキャリアが描きづらいこともあって、博士課程に進む学生の数も減少しています。科学技術立国を支える人材の不足は深刻で、今の日本は「頭脳流出」どころか「頭脳喪失」の危機に瀕していると言っても過言ではありません。
このままでは研究者に見限られてしまう
こんな状況になったのにはいろいろな要因があったことは承知していますが、研究費の配分に「選択と集中」や「成果主義」といったビジネスの思想を取り入れたことが大きく影響したと考えています。かつてはバラマキ(いい意味で)があって、モノになるかわからない研究にも広く資金が投下されていたため、研究に多様性がありました。支援対象となる研究分野を絞り込み、出口を重視しすぎた結果、科学技術の根幹とも言える多様性が失われ、日本の基礎研究が全体として弱体化したのだろうと思っています。
こうした状況を改善するには、やはり国がしっかり金を出すしかありません。甘利さんは先のツイートで「10兆円の大学ファンドの創設を提唱したんです」と胸を張りますが、それよりも、大学に直接、公的資金を投入し、種まきと同時に水やりを始めるべきだと思うんです。そのくらいの必死さで、研究活動を活性化させてやるぜ、と息巻く国の姿を見せつけて欲しい。魅力的な研究環境を求めて多くの研究者が海を渡っているという事実は、研究環境で日本が外国に負けていることの証左です。環境改善に向けた国の強い姿勢が見えなければ、日本はいよいよ研究者に見限られてしまいます。
今年のノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんもおっしゃっていますが、さまざまな要因で委縮してしまった今の日本では「好奇心に駆られた研究が少なくなっている」と私も感じています。研究資金に窮する日本の現状は、研究を志す人にとって魅力的には映りません。日本の研究環境が魅力的なものになれば、そこには国内外から人が集まりますし、資金だって集まります。そして、イノベーションにつながる人的な化学反応が起きるはずです。
そんな世界観を構築していくことこそが国益につながるわけです。このままでは日本の研究力は先細る一方なので、今こそ国の責任として魅力的な研究環境の整備に取り組んでほしいと思っています。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。 Twitter:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |