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大切なのは変わり続けるメンタリティ|鼎談連載「DXの向こう側」(10)

更新日

前田雄樹

新型コロナウイルスの拡大で一気に加速すると言われているデジタルトランスフォーメーション(DX)。テレワークが進み、デジタルチャネルを通じた営業活動が広がるなど、デジタル化が遅れていると言われる製薬業界にも変化が見え始めました。製薬業界では今、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が待っているのか。デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントと議論します。(連載の全記事はこちら

 

縦割りをどう壊すか

前田雄樹(AnswersNews編集長):連載ではこれまで、医薬品産業におけるバリューチェーンの各段階で、DXに対してどのような動きがあり、その先にはどんな世界が広がっていくのだろうか、ということを議論してきました。その中で、繰り返しDXを進める上での課題として挙がったのが、製薬企業の組織文化やそこで働く人のマインドです。

 

増井慶太(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):DXが必要だということは理解しているんですが、実際の施策に落とし込むところでチャレンジを感じている企業が多いように思います。その裏側にあるのが、組織、カルチャー、メンタリティといった問題なのではないでしょうか。

 

根岸彰一(デロイト トーマツ コンサルティング・執行役員):縦割りをなかなか打破できないというのが大きな課題ですよね。デジタルで何かやろうとすれば、さまざまな部署がコラボレーションする必要があって、縦割りでやっていてもなかなか難しいと思います。そういう大きな枠で考えないといけないのに、基本的には縦割りの中で評価も行われていて、他部門とコラボレーションできたかということはあまり評価されない。そこをまず変えていかないといけないと思いますね。

 

前田:デジタル化は日本企業全体の課題だと思いますが、縦割りがDXを阻んでいるというのは、ほかの業界でも見られることなのでしょうか?それとも、製薬業界特有の課題なのでしょうか?

 

根岸:日本企業全体としてそうした面はあると思いますが、製薬業界は特にそうだと思っています。研究と開発でもやっていることが全然違うし、コマーシャルなどは研究や開発をやっている人からするとかなり遠い世界です。それは逆もまた然りで。作るモノは1つ、売るモノも1つですが、バリューチェーンによってやっていることが全然違うし、レギュレーションもあるとことないところもあります。それぞれのスペシャリティをいかに追求するかということが重視されるので、部門間の壁は特に厚い業界だと言えます。

 

増井:まったく同感です。これまでは、サイロ型の組織でバケツリレーをシームレスにつないでいくことがKSF(キー・サクセス・ファクター)でした。ただ、DXのように何かを変えていこうとすると、必ず横串で見ていかないといけない。どうやってサイロを建設的に破壊していくかが課題です。

 

隣の部署は何をしているのか

前田:縦割りを打破する方策はあるのでしょうか?

 

根岸:ものすごく基本的なとこですが、まずは隣の部署が何をやっているのか理解することが必要です。隣の部署は何をしているのか、何を大切にしているのか、こうしたことを知るところからだと思っています。それができると、「似ているところがあるんじゃないか」「クロスしてできるところがるんじゃないか」「こういう情報やデータ、ケイパビリティは他部署と共有できるのではないか」とか、いろんな想像ができるようになる。

 

1つの軸はサイエンスだと思っています。製薬企業ですから、研究、開発、営業、メディカルなどあらゆる機能がサイエンスに根付いている。サイエンスとデジタルって、もすごく親和性が高いですから、そこを軸としたコラボレーションは絶対にあるはずです。

 

増井:横串で行う活動に対して、どうインセンティブを与えていくかも論点です。評価されなければモチベーションは上がらないし、やろうという気になれないですよね。

 

根岸:そこは、トップが強いメッセージを出す必要があります。「サイロじゃだめなんだ。一緒にやった成果を評価するんだ」と。もちろん、今やっている研究や開発は大事だし、そこのケイパビリティを上げていくのは当然なのですが、例えば「業務時間の2割はコラボレーションに使いましょう。そうしないと評価しません」というやり方も考えられると思います。

 

イニシアチブは各社でパラパラと立ち上がってきてはいます。ただ、イニシアチブのオーナーが誰で、ゴールはどこで、何ができたらどう評価されるのかということは曖昧です。そうしたことはクリアにしておかないと、結局、動きとしては鈍いものになってしまいます。

 

外から言われてやることではない

前田:お2人は、コンサルタントとして製薬企業のDXに関するプロジェクトにも多く携わっていると思いますが、取り組みに対する姿勢について何か感じていることはありますか?

 

根岸:DXって、外から何か言われてやるものではないと思っています。でも、製薬企業の場合、「DXをやりたいので、何をしたらいいかイチから教えて下さい」という案件が依然として多い。せっかく優秀な方々がそろっているのだから、まずは自分たちで考えてほしいと思っています。そこでミッシングピースが何かということをきちんと検討して、足りないところをコンサルタントがサポートする、これがあるべき姿だと思っています。

 

増井:これは根が深い問題だと思っています。製薬企業の方は、真面目で優秀なんですが、とんちを効かせたり、新しい仕組みを作ったりということに抵抗感がある方が多い。そうしたカルチャーで、かつ経済的な力もあるので、外部のベンダーやコンサルに投げてしまえばいいという考え方になりがちです。

 

前田:そういうメンタリティで行うDXって価値を生むのでしょうか?

 

根岸:生めていたとしても、本来得るべきベネフィットからするとものすごく小さいものになっている可能性があります。これから先、テクノロジーもさらに進化するし、データのアベイラビリティも変わっていく。それに合わせてマインドを変えていけば、全然違う世界になると思いますよ。

 

マインドチェンジができないわけではないと思います。部門間連携、データの所在や利活用の可能性、テクノロジー、このあたりへの理解が進み、勘所が得られれば、想像ができるようになってくる。そこまでどうやって持って行くかだと思っています。

 

重要なのは「トランスフォーメーション」

増井:やっぱり重要なのは「X」なんですよね。「D」はきっかけで、トランスフォームすることが本質なんだと。まずは変わるということが求められていると思います。

 

根岸:さらに重要なのは、それを会社がよしとすること。ファイザーが新型コロナウイルスワクチンをあれだけ早く開発できたのは、来るか来ないかわからない不確実性の高いものを許容し、それに対する準備をしていたからだと思います。デジタルについても、同じようなことが言えるのではないでしょうか。

 

増井:そうした点で言うと、経営者レベルでのボールドな意思決定も日本企業は少ない気がします。

 

根岸:そうですね。ただ、少しずつ変わってきてはいるというのが私の印象です。経営者も若くなってきているので、そこにはとても期待しています。日本企業も、将来への備えに余裕を持たせた形での経営を、今後はどんどんやっていくのではないでしょうか。

 

Now or Never

前田:ヘルスケア領域では、デジタルソリューションを提供するスタートアップが非常に増えています。

 

根岸:ちゃんとこの業界のことをわかっている人が、サイエンスも理解した上で作っているものが増えてきました。製薬企業のデジタライゼーションも、そうしたものをどうやってうまく使っていこうかという要素が強くなっています。

 

増井:先ほど「自分で考えてほしい」という議論もありましたが、何もスクラッチからやる必要はないんですよね。組み合わせを考えればいい。

 

根岸:そういう意味では、この業界はすごく恵まれていますよね。ほかの業界で、これほど業界に特化したソリューションが豊富に提供されているところはないと思います。アカデミア発のスタートアップもたくさんあるし、すごく恵まれた環境だと思っています。

 

OSをアップデートし続ける

増井:コンプライアンス上、閉じている部分もありますが、分析対象となるデータもこの業界は豊富ですよね。

 

根岸:豊富だと思いますよ。匿名化の方法はグローバルでも議論されていて、ここまでやれば大丈夫という勘所も得られている。その範囲内でやれば、できることはたくさんありますよね。

 

今後、ウェアラブルデバイスによって人々の行動変容が促されるようになっていくと、データはどんどん増えていく。そこには、サイエンス的な意味で大きな商機があると思っています。

 

前田:その商機をつかむには、組織も人も変わり続けていかないといけませんね。

 

増井:自戒も込めてですが、やはりOSをアップデートし続けないといけないんですよね。変わり続けるというメンタリティを持っておかないと、これから先はしんどくなると思います。なぜなら、時間の流れがあまりにも早くなっているから。

 

世の中としては非常に大変な時期ですが、コロナはデジタル化のいい契機になると思っています。コロナ禍を乗り越えるために、あるいはメーカーとして今後生き残っていくために必要なことが10あるとしたら、その半分以上はデジタルやITに関することになるはずです。それを主体的にやっていくならば、今が絶好のチャンスだし、逆にここを逃すと変われないでしょう。

 

(連載おわり)

 

根岸 彰一(ねぎし・しょういち)=写真右。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/ライフサイエンス&ヘルスケア部門リーダー。医薬品・医療機器などの内資/外資系ライフサイエンス企業や他業界からの参入企業に対し、戦略立案、オペレーション/組織改革、デジタル戦略立案/実行支援、アウトソーシング戦略立案、当局規制コンプライアンス対応などのプロジェクトを、クロスボーダー案件も含め数多く手掛ける。

増井 慶太(ますい・けいた)=写真左。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナー。米系戦略コンサルティングファーム、独系製薬企業(経営企画)を経て現職。「イノベーション」をキーワードに、事業ポートフォリオ/新規事業開発/研究開発/製造/M&A/営業/マーケティングなど、バリューチェーンを通貫して戦略立案から実行まで支援。東京大教養学部基礎科学科卒業。

 

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