疾患の治療、診断、予防に使用される医療機器プログラム(SaMD)。治療用アプリや心電図アプリの承認で盛り上がりを見せていますが、海外との「ラグ」が懸念されています。課題となっているのは「医療機器かどうかわからない」「マネタイズ戦略を立てづらい」といった開発予見性の低さ。規制改革推進会議での議論を受け、厚労省も環境整備に乗り出しました。
「SaMDラグ」の懸念
昨夏、CureAppのニコチン依存症治療用アプリ「CureApp SC」や、Apple Watchに搭載する心電図(ECG)アプリが承認されるなど、近年、盛り上がりを見せているデジタルヘルスの分野。こうした、医療機器として疾患の「治療」「診断」「予防」に使用されるソフトウェアは医療機器プログラム(=Software as a Medical Device:SaMD)と呼ばれますが、かつての「ドラッグ・ラグ」「デバイス・ラグ」と同様に、海外との比較で実用化が遅れる「SaMDラグ」が生まれつつあるのではないかと懸念されています。
承認数 日米で5倍の差
昨年10月、「新規領域における医療機器・医薬品の開発・導入の促進」を議題に開かれた政府の規制改革推進会議医療・介護ワーキング・グループで、MICINデジタルセラピューティクス事業部の桐山瑶子氏は、AI(人工知能)や機械学習を使ったSaMDに限っても日本と米国の間には承認数で約5倍の開きがあると指摘。「まさにSaMDラグといえる状況になりつつあるかもしれないと危惧している」と訴えました。
どうしてこのような状況になってしまったのか。桐山氏は「様々な背景が考えられ、原因を単純化するのは非常に難しいが、開発の入り口となる企画段階、開発中、承認審査、承認後、それぞれに課題がある」と言います。最終的にビジネスとして成立するのか予見しづらく、企業は事業化を躊躇してしまっているのです。
医療機器?非医療機器?
そもそもSaMDが医療機器として規制の対象となったのは、旧薬事法が改正され医薬品医療機器等法(薬機法)制定された2014年から。ただ、どういったプログラムが医療機器に該当するのかという判断基準がわかりにくく、それゆえに該当性を判断する都道府県によって判断にばらつきが生じうることが課題となっていました。ソフトウェアを開発する企業はその入り口でつまずくことになり、社会実装後に当局から「医療機器に該当するのではないか」と指摘されるケースも実際にあるといいます。
厚労省がガイドライン策定
厚生労働省もこれまで、該当性の判断の考え方として事例を随時公表してきましたが、10月のワーキング・グループの席上、河野太郎行政改革担当相は「高齢化が進んでいる日本が先進的な商品を出して世界をリードしていかなければならない。明確に判断できるルールをきちんと示さなければダメだ」と指摘。こうした議論を踏まえ、厚労省は今年3月末、「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」を策定。医療機器への該当性に関する考え方や事例を示すとともに、該当性をフローチャートで判断できるようにしました。
厚労省は昨年11月、SaMDの開発促進策をまとめた「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)」を策定。該当性に関するガイドラインもその一環です。あわせて、該当性、開発、保健適用に関する相談窓口を医薬品医療機器総合機構(PMDA)に一元化するとともに、厚労省とPMDA内にSaMDの審査や相談に特化した専門組織を設置しました。
パッケージ戦略にはこのほか、▽承認後のバージョンアップへの対応▽革新的プログラム医療機器指定制度の検討▽薬事・食品衛生審議会の専門調査会新設――といった施策が盛り込まれており、これらを通じて最先端のプログラム医療機器の早期実用化を促進するとしています。
特有のアウトカムをどう評価するか
ソフトウェアの特性を踏まえた規制の整備が進みつつある一方、依然、大きな課題として残っているのがマネタイズです。
国内初の治療用アプリとなったCureApp SCの場合、企業側が求めていた特定保険医療材料としての価格算定は行われず、既存の技術料を準用する形で保険点数を算定。2540点(2万5400円)となり、CureAppが希望していた6万3580円を大きく下回りました。保険適用を審議した中央社会保険医療協議会(中医協)総会では、「デジタルソフトウェアを技術料で評価するのか、医療材料で評価するのか考え方を整理すべき」「既存の制度を準用する形でいいのか議論する必要がある」といった指摘も出ており、2022年度診療報酬改定に向け、保険適用のあり方について議論が行われることになっています。
SaMDの評価をめぐって特に見解が分かれているのが、医療の質の向上や業務の効率化といったデジタルヘルス特有のアウトカムに対する考え方です。
厚労省は、あくまで臨床的な有効性・安全性が立証された技術を評価すべきとの立場です。一方、規制改革推進会議では「通常の医師の治療技術や判断が専門医並みになるということであれば、医療の質のボトムアップに繋がり、ダイレクトに評価できるのではないか」(印南一路・慶應義塾大総合政策学部教授)、「デジタルヘルスはデータを収集してから威力を発揮するところがあるので、臨床的価値を証明できたころには海外に負けている状況になる」(髙橋政代・ビジョンケア社長)といった意見も出ています。医療機器センターも、昨年秋に発表した保険償還のあり方に対する提言の中で、「アウトカム評価」や「データ収集後に再評価を行う仕組みの導入」、「中医協への新専門組織の設置」などを求めています。
京大、SaMD開発のインキュベーターに
事業化に至る各段階でさまざまな課題がある中、京都大は事業子会社「京大オリジナル」で、SaMDの市販化のインキュベーション支援事業「KAHSI(Kyoto Advanced Health Software Initiatives)」を始めました。医療機器としての薬事承認の必要性に関するコンサルティングや、プログラム開発者と製造販売業者のマッチング支援などを行うことにしています。
SaMDの市場は今後、急成長が期待され、河野行革相も「高齢化が進む日本だからこそ、次々と開発が行われ、日本発で世界市場に出ていくのが本来あるべき姿」と話します。CureApp SCのように世界初となる製品も生まれている中、世界をリードする産業として育成できるか。官民が知恵を持ち寄り、環境を整備していくことが求められます。
(亀田真由)