2013年に厚生労働省が積極的勧奨を中止して以来、定期接種が事実上止まった状態になっているHPVワクチン。子宮頸がんを減らすとのエビデンスが海外からもたらされ、国も定期接種対象者への周知を徹底するよう自治体に求めるなど、風向きが変わってきました。こうした中、MSDが2月24日、約5年に及んだ承認審査を経て9価HPVワクチン「シルガード9」を発売。昨年末には、4価ワクチン「ガーダシル」の接種対象に男性を追加することも承認されました。
年間1万人が罹患
子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を原因とするがんです。
約100種類あるHPVのうち、発がんに関わる15種のウイルスは性的接触によって感染し、男女を問わず性交経験のある人の8割が一生に一度は感染します。ただし、感染してもウイルスは2年ほどで自然に体外に排出されるのがほとんど。ウイルスが排出されず、数年から十数年にわたって持続的に感染した場合、一部が前がん病変につながり、さらにその一部が子宮頸がんに進行します。
日本では年間約1万人の女性が罹患し、約2900人が死亡。罹患者は20代後半から40代が多く、若年化が進んでいます。若年層での罹患率は発展途上国と同程度で、OECD加盟国ではワースト3に入っています。
前がん病変や初期の子宮頸がんの場合、主な治療法は子宮頸部円錐切除術で、年間約1万4000人がこの手術を受けています。さらに進展した浸潤がんでの治療選択肢は、外科的切除(子宮や卵巣の摘出)や放射線治療、抗がん剤治療など。進行するほど妊孕性を保つのが難しくなるため、早期の発見が重要とされ、20歳以上の女性を対象に子宮頸がん検診が行われています。
9価ワクチン 原因ウイルスの88%をカバー
子宮頸がんは原因がウイルスであり、ワクチンで予防することが可能です。日本ではこれまで、2価ワクチンの「サーバリックス」(グラクソ・スミスクライン)と4価ワクチン「ガーダシル」(MSD)が使われてきました。いずれも子宮頸がんの原因の65%を占めるHPV16、18型への感染を予防するもので、4価ワクチンはさらに、尖圭コンジローマの原因となるHPV6、11型にも対応しています。
MSDが今年2月に発売した9価HPVワクチン「シルガード9」は、ガーダシルが対応している4つの型に加え、5つの型(HPV31、33、45、52、58型)に対応。子宮頸がんの原因となるHPV型の88.2%をカバーできるようになりました。
4価ワクチンと比較した国際共同臨床試験では、4価ワクチンと同等のHPV6、11、16、18型の感染予防効果を示した上、HPV31、33、45、52、58型への感染を9割以上減少させました。副反応は4価ワクチンと同程度で、海外と日本人集団での差も見られなかったといいます。
シルガードは当面は任意接種となりますが、定期接種化の検討が予定されており、国立感染症研究所でファクトシートの作成が進められています。9価ワクチンへの需要は世界的に増加しており、MSDは「(日本での)供給が安定するのは2023年ごろを想定している」としています。
積み上がるエビデンス
日本では、小学6年生~高校1年生までの女子がHPVワクチンの定期接種の対象となっており、公費助成によって無料で接種を受けることができます。しかし、接種後の体調不良に関するセンセーショナルな報道が多くなされ、2013年に厚生労働省が積極的な接種勧奨を中止。積極的勧奨の中止前は8割近くだった接種率も1%を切る水準まで低下しています。
HPVワクチンの安全性をめぐっては、国内で行われた2つの調査で、▽HPVワクチンの接種歴がない人でも、HPVワクチン接種後に報告されている症状(疼痛や運動障害など)と同じ症状を持つ人が一定数存在すること▽HPVワクチンを接種した人と接種していない人の間で、症状の発生する頻度に有意な差はなかったこと――が明らかになっています。HPVワクチンに関する20の臨床試験を統合解析したコクランレビューでも、HPVワクチンによって重篤な有害事象は増加しないと報告されていて、WHO(世界保健機関)も「HPVワクチンは極めて安全である」と結論づけています。
一方、HPVワクチンの有効性については世界各国で研究が行われており、スウェーデンの研究グループは昨年、ワクチン接種によって浸潤子宮頸がんの発症リスクが6割ほど減少するとの研究結果を発表。日本でも、HPV感染の減少や前がん病変の減少を示すエビデンスが報告されています。
海外では「排除」が見えてきている
子宮頸がんは、ワクチンによる「一次予防」と検診による「二次予防」を組み合わせることで「排除(エリミネーション)」できる可能性のある疾患です。ワクチン接種と検診を徹底することで、今世紀中に子宮頸がんの新規罹患者をなくすことができるとの試算もあり、WHOは昨年、子宮頸がんの撲滅に向けて、2030年までに「ワクチン接種率90%(15歳未満の女性)」「検診受診率70%(35、45歳女性)」とする目標を掲げました。HPVワクチンの接種率が高い海外では子宮頸がんの排除が視野に入ってきており、日本は世界から取り残されつつあります。
こうした中、日本産婦人科学会や日本小児科学会などは積極的勧奨の再開を求めています。MSDも、「まずは2価と4価のHPVワクチン接種の積極的推奨の速やかな再開が公衆衛生上重要」との見解を示しており、「4価ワクチンの安定供給を継続する」としています。
男性への接種も承認
HPVワクチンをめぐっては、昨年末、ガーダシルが肛門がんに適応拡大するとともに、男性への接種が承認されました。
HPV感染は、女性特有の子宮頸がんや外陰がんだけでなく、肛門がんや陰茎がん、咽頭がんにも関与するとされています。男女ともに感染し、そのほとんどがHPV6型と11型に起因する尖圭コンジローマは、パートナーへの感染による発症が多く、再発率が高いことで知られます。男性もHPVワクチンを接種することは、「自身の感染予防」や「パートナーの防衛」、さらには「社会全体の防衛」につながると期待されています。
たとえば豪州では、男性へのHPVワクチン接種プログラムを導入した後、男女両方で尖圭コンジローマの発生率が低下したという報告があります。同国のほかにも、約40の国と地域で、すでに男性への接種に対して公費助成が行われています。
日本では、積極的勧奨の中止に伴い、HPVワクチンの定期接種対象者やその保護者が「接種するかしないか」を判断するのに十分な情報が提供されていないことも課題になっています。こうした中、昨夏にはHPV感染症の啓発を目指した「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」がスタート。医師が中心となり、情報発信を行っています。厚生労働省も昨年10月と今年1月の2回にわたり、定期接種対象者に個別に周知を行うよう、自治体に要請しました。HPVワクチンを取り巻く環境も、少しずつ変わっていきそうです。
(亀田真由)