製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
上野太郎(うえの・たろう)医師・医学博士。日本学術振興会特別研究員(DC1・PD)、東京都医学総合研究所主席研究員を経て、2015年にサスメドを創業。日本睡眠学会評議員。臨床医として睡眠専門外来での診療も行っている。 |
年内に世界初の実用化へ
――昨年12月、サスメドのブロックチェーン技術で臨床試験のモニタリング業務を代替することはGCP省令に違反しない、との判断が国から示されました。ブロックチェーンによるモニタリングの代替が法令上認められたわけですが、臨床試験にどんなインパクトがありますか?
臨床試験のモニタリング業務は労働集約的にやられている部分が大きい。システムで代替できれば、すごく大きなインパクトがあると思っています。コスト削減や業務効率化によって、日本の臨床試験の活性化にもつながるのではないかと期待しています。
――ブロックチェーンを活用することで、臨床試験のコストはどれくらい減らせますか?
例えば、日本CRO協会加盟社の売上高の半分以上はモニタリング業務によるものですし(編注:同協会の2019年年次業績報告によると、会員32社の総売上高1862.3億円のうち、55.2%にあたる1028.6億円がモニタリング)、75%くらいをSDVの業務が占めるのではないかといった話も聞いたことがあります。モニターが何人アサインされるかにもよりますが、人数が多いほどコストはかかるので、よりインパクトは大きいと考えています。
――国の判断を受け、製薬企業やアカデミアに対してブロックチェーンを使ったモニタリングシステムの提供を始めるとのことですが、実用化はいつになりますか?
今年、実際の臨床試験でブロックチェーンを使ったモニタリングシステムの利用を始められたらと思っています。複数の製薬企業やアカデミアと、今年リクルートを始める試験について、プロトコルの協議を進めているところです。
――ブロックチェーンの臨床試験への活用は世界初になるとみられています。
承認取得を目的とした臨床試験のレベルで使われた例はまだありません。ただ、私たちだけでできることではありませんので、製薬企業と一緒に新しいやり方をつくっていけたらと思っています。
――引き合いはいかがですか?
臨床研究の効率化については、やはり皆さん課題に感じているところですので、多くの問い合わせをいただいています。
製薬企業では、臨床開発の部門はもちろん、特定臨床研究に関わるメディカルアフェアーズ部門からもご相談をいただいています。アカデミアからも結構問い合わせがあり、コストを圧縮しながら研究を加速できないかということで、ARO(Academic Research Organization)とも協議を活発に行っているところです。CROも、特にモニターをあまり多く抱えていないような企業では、システムへの期待が大きいようです。
不眠症治療用アプリで起業
――ブロックチェーンを使ったモニタリングシステムのほかにも、医療用アプリの開発やAI(人工知能)によるデータ解析などに取り組んでいます。事業の全体像と、それによって実現したい医療の姿や社会の姿について教えて下さい。
社名の通り、持続可能な医療の実現を目指しています。ブロックチェーンによる臨床開発の効率化、治療用アプリを通じた非薬物治療の提供、データを活用した治療の最適化、それぞれの事業はすべてそこに向かって行っているものです。
――もともとは不眠症治療用アプリの開発を目的にサスメドを創業したんですよね?
私は2006年に大学を卒業して医師になり、精神科で診療に従事するとともに研究をやっていました。中でも睡眠医療を専門としてやっていたんですが、その中で睡眠薬の過剰処方に問題意識を持つようになり、非薬物療法をきちんと患者さんに届けたいと思うようになりました。一方で、現場の医師が非常に多忙であるということも肌で理解していたので、そこをアプリケーションで解決できないかと思ったのが起業のきっかけです。
ただ、起業していざ治療用アプリの開発を始めてみると、治験の費用がかなり大きな負担になりました。当事者として見てみると非常に労働集約的な世界だなと感じたんです。臨床開発のコストは最終的に社会保障に跳ね返ってくる。効率化を図ることは会社の理念にも合致するのではないかということで、ブロックチェーンによるモニタリングシステムの開発に結びつきました。
――昨年、沢井製薬、日本ケミファ、シミックと相次いで協業を発表しました。
モノができてきて、実際にそれを使って事業を進めていく段階に入ったと思っています。AIは実際に製薬企業の方々に使っていただいていますし、ブロックチェーンを使った臨床試験システムも、当局のお墨付きをもらい、いろんな事業会社の方に関心を持ってもらえる状況になったと感じています。
私たちは、手掛けているそれぞれの事業がきちんと社会実装されるべきだとずっと信じてやってきました。社会実装されるべきものだという実感は強まっていますし、そこに賛同してくれる人も徐々に増えてきていると感じています。
慣習をどう乗り越えるか
――新型コロナウイルスの感染拡大もデジタル化の追い風になっています。
新型コロナは、デジタル活用の意義を認識してもらえる機会になったと思っています。臨床試験では、コロナの影響で実地でのモニタリングができないという問題も起こっている。そうした意味でも、ブロックチェーンの活用は今の文脈に合っているのではないかと考えています。
――デジタル活用を進める上で課題と感じていることはありますか?
医療の世界は慣習で動いている部分も多いので、それをどう乗り越えていくかが課題だと感じています。コロナによって、国際的に見て日本はデジタル化が遅れていることが露呈してしまった。マインドセットを変えていかなければ、キャッチアップは難しいのではないでしょうか。
今回、ブロックチェーンによるモニタリングが法的に認められましたが、それにも数年単位の時間がかかりました。トライ&エラーをしにくい分野であるというのは理解できますが、そうしているうちに医療の世界はデジタル技術の実装から取り残されてしまうのではないかと感じています。
――サスメドとしての今後の展望は。
私たちの強みは技術にあると思っているので、それをどう活用できるかということを考えたいですね。ブロックチェーンはいろんな展開があり得るのではないかと感じていて、例えば医薬品流通に活用できるのではないかという議論もしていますし、レジストリデータの信頼性確保にも使えるのではないかと思っています。
時期についてはまだ明言できませんが、上場に向けて社内体制の整備も進めています。
(聞き手・前田雄樹)